昨年2月に勃発したウクライナ危機は長期化の様相を深めてきた。ウクライナ南部クリミア半島のロシア併合後、欧米諸国は対ロシア制裁を実施しているが、KOパンチというより、ボディ・ブローの感が強く、その効果が出るまでは時間がかかる、とみられている。欧州連合(EU)首脳会談は19日、対ロシア経済制裁の継続を決定したばかりだ。
制裁の効果云々は別として、問題は、プーチン大統領が政権を掌握している限り、モスクワが併合したクリミア半島を返還し、ウクライナの欧州統合を黙認するといった紛争前の原状復帰は期待できないことだ。プーチン氏が欧米諸国の制裁に白旗を揚げるとは考えられないからだ。
一方、ウクライナ紛争1年間で欧州ではさまざまな変化が見られる。気の早い外交専門家は冷戦時代の再来を予想している。オーストリア日刊紙プレッセは21日付トップで、「米国とロシア両国は核兵器の近代化を含め、核兵器への見直しを進めてきた」と報じているほどだ。実際、プーチン大統領は15日、国営テレビのインタビューの中で、「ウクライナ危機勃発直後、核戦力部隊に戦闘準備態勢に入るように指示した」と明らかにし、国際社会を驚かせたばかりだ。
オバマ米大統領は2009年、プラハで「核兵器フリーの世界」の実現をアピールしたが、その米国はロシアと共に核兵器の近代化を一層進めてきているのだ。オバマ大統領の「プラハ演説」は遠い昔の話のように感じるほどだ。
それだけではない。ロシアと国境線で対峙する北欧諸国、フィンランドやスウェ―デンでは政府関係者から北大西洋条約機構(NATO)加盟について真剣に検討すべきだという声が出てきている。両国はEU加盟国だが、軍事的中立主義を標榜し、NATOにはこれまで加盟していない。
昨年10月、ロシア潜水艦がストックホルム近郊の群島に侵入したというニュースが流れたスウェーデンでは、「わが国もNATOに加盟すべきだ」という声が聞かれた。フィンランドは冷戦時代から対ロシアとの関係は重要な外交課題だったが、EU加盟後はNATOとは1994年5月にPfP(平和のためのパートナーシップ)を締結し、軍事的非同盟を貫いてきた。しかし、ここにきてスウェ―デンと共同軍事演習を実施する案や軍事力の強化などの動きが見られるのだ。
ちなみに、スウェ―デンとフィンランド両国国民はNATO加盟に対して依然慎重な意見が過半数を占めているが、ウクライナ情勢が更に悪化し、ロシアの軍事攻勢が表面化してきた場合、加盟を希望する声が増加すると予想される。
国内に少数民族ロシア人を抱えるバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)はポーランドと共にウクライナ危機では最も神経質となっている。エストニアは人口134万人の4分の1がロシア系(2011年)だから、「わが国が“第2のウクライナ”となるのではないか」といった懸念も聞かれる。実際、バルト海に17日、ロシア戦闘機が侵入し、NATO戦闘機が緊急発進するという事態が生じている。スウェ―デンやフィンランドとは違い、2004年にNATOに加盟したバルト3国はロシアとの直接軍事衝突を避けながら、欧米諸国の支援を受けてロシアに対抗していく意向だ。
欧米諸国は対ロシア経済制裁を実施中だが、クリミア半島ではロシア併合後、民営企業が続々と国営化され、ロシア系事業家たちが利権を奪っている。西側経済関係者によると、過去1年間で銀行、ホテル、通信事業、湾岸会社など250社の企業が国営化されたという。それに対し、キエフ政府関係者は「不法にロシア系実業家の手に渡った会社数は400社以上だ」という。
プーチン大統領が今後も軍事力を背景に強硬外交を展開させていくならば、ウクライナを取り巻く政治情勢は、時計が逆回りするように、冷戦再来の様相を深めていくだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。