瞬説!大塚家具の父娘騒動と死の恐怖マネジメント:会社と娘は父の恐怖緩和ツールなのか?

杉山 崇

大塚家具という有名企業における実の父と娘の間での経営権の争奪戦…個人株主まで巻き込むお家騒動には普段は企業情報に興味のない方も関心を持ったのではないでしょうか。

 経営に詳しい識者らからは娘久美子さんの戦略が不合理という声は聞こえてきません。再建策としては必ずしも間違ってはいないようです。

 では、なぜ、父勝久さんは自ら社長に据えた娘を追い出そうとしたのでしょうか。
勝久さんが追い出された経緯があったとしても、親子なのですから表に出ない形で話し合うこともできたはず。その社会的損失を考えれば非合理な行いだったことは明白です。
また、父娘の和解という美談に仕上げて今後の経営を有利に…という提案も拒否したといわれています。

 一体何が父、勝久さんをここまで駆り立てたのでしょうか。
今日は一瞬で理解できる解説、名付けて『瞬説!』でこの騒動から私たちが何を学ぶべきか考えてみましょう。今日のキーワードは社会心理学の『テラー・マネジメント・セオリー』です。

人類の根源的な恐怖は実存的な恐怖
 テラー・マネジメント・セオリーとは、人類の究極的な恐怖(テラー)は『死』だと考える理論です。ここでいう死は、生物としての死だけでなく、一つの人生物語の終わりも含んでいます。
自分が死んだあと…みなさんは想像したことがあるでしょうか。私たちは普段は今日を生きるのに精一杯で、なかなか死んだあとまで考えられません。ですが、日々、全力で必死に生きているその向こうに何があるのか気になることはないでしょうか。
もし、何も残らないとしたら、あなたという人生がなかったも同然になったとしたら…どんな気持ちになりますか?
 あなたの実績も、足跡も、人々の中の記憶も、思い出も、そして子孫も、何も残らない…。
自分の人生も存在もすべて無駄だった…。

 このように感じると「怖い」という言葉では片づけられない苦しさを感じる人が多いのではないでしょうか。もちろん、自分の痕跡を全て消して死にたい…と願う人もいます。生きている間だけ満足できれば…と自己完結できる人もいます。ですが、自分という存在が『無』になることは怖い人が多いようです。

 さて、『実存』とは自分が存在する意味、生きる意味を表す言葉です。なので、上のような恐怖を実存的恐怖と言います。この恐怖を乗り越えることが、人生の最大にして最後の課題と位置付けるのがテラー・マネジメント・セオリーです。
 この理論によると、私たちは死後も永続する何かを残すことで実存的恐怖を乗り越えようとします。自分が残した何かが評価され、あなたが尊敬され続けるのであれば、生物としてのあなたは消滅しても、存在感としてのあなたはこの世にいい形で生き続けるのです。

人生を誇れば誇るほど、その消滅は怖いもの
 苦労人が一代で何かを築き上げた時、その喜びと誇らしさは察して余りあります。誇らしい人生の永続を願うこともまた人としての本能です。困難を乗り越えた自分自身の物語…大切な宝物です。
生物としての存在の消滅は避けようがない現実ですが、それと同時に自分の物語まで終わらせる訳にはいきません。『自分という物語は終わらない』と最後の瞬間まで希望を持っていたいのです。
そして、苦労を乗り越えてきた人なら『物語が終わる恐怖』も当然乗り越えられるという強い信念を持つのです。

会社と娘はテラー・マネジメントの道具?
 報道では父勝久さんは娘久美子さんが自分の築いた富裕層向けのビジネスモデルを継続してくれるという願いがあったようです。しかし、娘久美子さんは自分の期待通りに動かず、ターゲットにする顧客層を転換するビジネスを目指したようです。日本の富裕層をターゲットにしたビジネスは飽和に向かいつつあるようなので、会社の将来を考えれば悪くない戦略でしょう。
ですが、娘と会社を『自分の物語を引き継ぐもの』と考えていたとしたら、娘久美子さんの行いで、『自分の物語』が終わってしまいそうなのです。つまり、父勝久さんにとっては『自分の物語を護るための戦い』だったのかもしれません。この騒動には父と娘の確執、父親の支配欲…という面だけでなく、一人の男性の実存的恐怖のマネジメントという側面もあるのかもしれません。

 子どもや会社に人生をささげた人の場合、自分の物語を引き継いでくれるものは他にはありません。テラー・マネジメント・セオリーで考えれば、そこに強い期待を持つのは当然です。ですが、子どもも会社も自分とは違う時代を生き抜くべきもの。『自分と同じ』を求めてはいけないのかもしれません。

 あなたは、『あなたの物語』の永続を願いますか?
 それとも、消滅を願いますか?
 もし、永続を願うなら、何にそれを託しますか?

 いつか旅立つ“その時”に、後悔しない人生をお送りください。

執筆者プロフィール

杉山 崇
神奈川大学人間科学部教授・臨床心理士
キャリアコンサルティング技能士(2級)
2015年4月『入門!産業社会心理学(北樹出版)』刊行予定。
著作は『グズほどなぜか忙しい(ナガオカ文庫)』、ほか多数。

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