イラン核合意は中東情勢を激変か --- 長谷川 良

アゴラ

スイス西部のローザンヌで開催された国連安保常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイラン間のイラン核協議は2日夜(現地時間)、協議日程を延長した末、「枠組み合意」が実現したことで、2002年以来、13年余り続けられてきたイランの核問題は大きな転換期を迎えた。


先ず、イランの核協議の成果と問題点などを整理してみた。

<枠組み合意>
①遠心分離機の数を3分の1に減少、1万9000基から約6000基に減少、最新型高性能遠心分離機の使用を10年間禁止、②イランの核計画を15年間、制限する、③ウラン濃縮は3.67%までに制限。核兵器転用可能な高濃縮ウランの生産は認めない、④ウラン濃縮関連施設はナタンツ1カ所に制限、アラクで建設中の重水炉をプルトニウムが生産できないように変える、等が明記されている。そのうえで、国際原子力機関(IAEA)は全ての合意内容を監視し、必要ならば追加査察を実施する。

<問題点>
イラン側が要求してきた制裁解除では、「合意内容の遵守が追認された段階で解除する」と記述されているだけで、解除の日程は言及されていない。イラン側は合意後、即解除、特に、金融制裁と銀行口座の閉鎖解除を求めてきた。6月末の「包括的合意」までに制裁解除の日程問題が課題となる。

<懸念事項>
①イランがその「枠組み合意」を順守するか、換言すれば、国内の保守強硬派の抵抗を排除できるかが焦点だ。イランは過去、主権国家の核計画が制限を受けるとして、合意内容を反故したことがある。ロウハニ大統領は3日、国民向けの演説の中で、「われわれは約束(枠組み合意内容)を守る」と強調している。

②今回の「枠組み合意」に対し、オバマ米大統領は2日、「歴史的な合意」と評価したが。米共和党からは既に、「イランに核兵器製造の余地を与えている」として最悪の合意だ」という批判の声が出ている。対イラン制裁問題で議会多数を占める共和党からの抵抗が予想される。

次に本題に入る。

ローザンヌの「枠組み合意」が中東地域にどのような影響を与えるだろうか。それを説明するためには、イランが中東地域でどのような影響を持っているかを検証する必要がある。

①内戦5年目のシリアのアサド政権が依然、崩壊しない主因は、ロシアと共にイランが軍事支援しているからだ。アサド大統領自身、「ロシアとイランに感謝している」と述べ、両国の支援を認めている。

②フセイン政権の崩壊後、イラクのシーア派主導政権は隣国シーア派のイランからさまざまな支援を受けていることは周知の事実だ。

③イエメン内戦でもイランの支援を受けた反政府武装勢力、イスラム教シーア派武装勢力「フーシ」が主導権争いを展開させている。

すなわち、中東の紛争地域にはイランのプレゼンスがあるわけだ。だから、イラン抜きで中東の紛争交渉は非現実的となる。オバマ大統領がイランとの核協議の合意を強く求めたのは、単に歴史的な大統領にといった個人的な野心というより、中東地域の紛争解決を視野に入れた戦略的な選択だったはずだ。

実際、米国とイランの戦略的連携はローザンヌの核合意前から既にみられる。例えば、イラクのアバーディ首相は先月31日、イラク政府軍がイスラム教スンニ派テロ組織「イスラム国」が占領していたイラク中部ティクリートの奪回に成功したと表明したが、イランのシーア派民兵軍がイラク政府軍を支援し、米軍が空爆した総合力の成果だ。イランは既に米国と軍事連携し、対イスラム国を展開させている。

それでは、今回の「枠組み合意」を歓迎していない国はどこか。

現時点では、サウジアラビアとイスラエルの2国だろう。スンニ派の大国サウジはテヘランが中東地域でその勢力を拡大し、地域大国としてその影響力を発揮することを警戒している。オバマ大統領との電話会談では、サウジ側は枠組み合意を歓迎し、「地域の安定をもたらす」と評価した、という外電が流れているが、そのまま受け取ることはできない。オバマ大統領が合意後、即、サウジに電話を入れ、合意内容を説明したという事実が、サウジが合意を不快に受け取っている証拠だろう。

サウジより今回の合意を不快に受け取っている国はイスラエルだ。オバマ米大統領が核合意直後、最初に電話を入れた国はイスラエルではなく、サウジだった。昔ならば、米国は最初にイスラエルに報告していただろう。米国にとって、中東の戦略的拠点がイスラエルからサウジに移行してきたことを端的に物語っている。中東専門家は「イスラエルは米国にとって次第に負担となってきた」と述べているほどだ。イスラエル側は、米国の中東の主軸がイラン、サウジに移ってきたことに危機感を感じているはずだ。

イラン核協議の「包括的合意」まで時間があるし、制裁解除問題といった難問が控えているから、今後、何が起きるか予想は難しい。ただし、米国が中東地域でイランと戦力的な連携を強化する一方、サウジの立場に配慮しながら外交を展開させていく可能性が高まってきた、とみて間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。