共産主義世界観は消滅していない --- 長谷川 良

アゴラ

昨年12月14日に実施された総選挙で日本共産党が躍進したことを受け、「共産党へ警戒を怠るな」という趣旨のコラムを書いたところ、「日本で共産党政権が誕生する可能性は皆無に等しい。大多数の国民は共産党を支持していない」というコメントを最近頂いた。


当方が恐れるのは、厳密にいえば政党としての共産党の躍進ではなく、共産主義思想が様々な分野で静かに拡大してきている現実だ。日本共産党が21議席を獲得しても政権奪回云々はテーマにはならない。そのうえ、大多数の日本人は共産党が政権担当能力のある政党と考えていない、という読者の意見はその通りだ。しかし、共産主義思想は冷戦終焉後も決して消滅していないどころか、さまざまに形を変えながらも生き延び、ひょっとしたらその影響力は以前にも増して強まっているのではないだろうか。例えば、ジェンダーフリー運動がそうだ。性差の相違を差別と見て、伝統的な家庭像を破壊してきている。

欧米諸国は急速な経済成長を遂げる中国に強い関心を払い、その恩恵を共有しようと接近しているが、中国が共通の価値観を有している国と考える欧米諸国はほぼ皆無だ。北京政府に対して警戒心を解く国はないだろう。なぜならば、中国は共産党一党独裁政権であり、臓器の不法売買、宗教者や少数民族チベット民族への弾圧など、中国が欧米諸国と共通の価値観を有していないことを実証する実例が余りにも多いからだ。

そして欧米諸国が恐れるのは北京の共産党政権というより、その世界観だ。だから、中国がその世界観を放棄しない限り、「共通の価値観を有したパートナー」として中国とは真の共存はできないわけだ。

共産主義の世界観は史的唯物論だ。その人間観もその延長にある。人間は単なる物質的存在に過ぎないから、党の行く道で障害となれば、躊躇することなく粛清する。世界の共産党歴史が粛清の歴史であったのは決して偶然ではなく、必然的な結果だ。

中国共産党政権は宗教を恐れ、キリスト教徒や宗教活動家たちを迫害する。それは自身の世界観とは相いれないからだ。宗教はアヘンであり、人民を騙す麻薬のようなものと考えているからだ。

人道主義も極端に表現すれば、「人の命は地球より重い」という発言に集約されるだろう。人は死ねば終わりだ。だから、その肉体を維持し、保護することを最も重要な価値と考える。しかし、昔の英雄と呼ばれた人々は自身の死を犠牲にしても守らなければならないものがあることを知っていた。

しかし、公平を期さなければならない。共産主義思想の中核の唯物的世界観は決して中国共産党の独占ではない。共産主義世界観を信奉していない欧米諸国でも着実に広がってきているのだ。欧米社会は物質的消費文明を誇る一方、麻薬など薬物に溺れる人間が増え、伝統的家庭像は崩壊、普遍的な価値観への虚無主義が浸透してきている。大多数の国民は共産主義思想を拒否しているが、その唯物的世界観を忠実に実践する生活をしている。そのうえ、米国を代表としたワイルド資本主義による「貧富の格差社会」の現状は、資本主義への批判を高める一方、共産主義的世界への郷愁を呼び起こしている。

21世紀に生きるわれわれは冷戦時代を通じて共産党政権が国民の幸福をもたらさないことを学んできたが、その中核の唯物的思想は消滅していないのだ。レーガン元米大統領はソ連(当時)を「悪の帝国」と呼び、糾弾した。それに倣うならば、共産主義思想は「悪の思想」といえる。「科学的社会主義」と豪語してきた共産主義思想は今や‘宗教‘となって着実にその宣教を進めているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。