安保議論に欠ける危機感 --- 井本 省吾

国会で日本の安全保障政策の論議が行われ、大手メディアも大きく取り上げている。だが、どこか緊張感に欠けている。


なぜか。「日本は基本的に今も安全だ。だから自分の国から戦争を引き起こしたり、米国の戦争に巻き込まれたりする危険のある集団的自衛権の行使とそのための法整備は慎重な上にも慎重にした方がいい」といった雰囲気が根強いからだろう。いわんや、普通の国民が戦争に巻き込まれるとか、参加するなどはとんでもないという感じだ。

国民皆兵のスイスではイザとなったら国民が一体となって防衛の実務にあたる。
それが先進国では常識である。

これに対して、今の日本の世論の現状は「万一戦争となっても戦うのはまず米国軍、次に自衛隊。我々、普通の国民が戦うなんてありえない」というところだろう。よそ事なのだ。自衛隊を米軍同様、傭兵としか見ていない。スイスのように軍隊(自衛隊)の後方を支援し、場合によっては自衛隊と一緒になって戦うという姿勢、考え方が欠落している。

世論調査をして集団的自衛権の行使に反対する意見が多いのもそのためだ。同自衛権を行使して自衛隊が米軍を助けるとなれば、自衛隊の戦闘場面がふえて危険な事態が高まると考えている。

甘い認識である。一体、どこの国が自国の兵隊を死の危険にさらしてまで他国を助けるだろうか。米軍が日本を守るのはそうした方が米国の利益になると判断したときだけだろう。

今、米国は財政悪化から大幅に軍事予算を削減せねばならず、中国の大幅な軍拡が続く中で、アジアで圧倒的に強い状況ではなくなりつつある。日本にそれほど肩入れする状況ではないのだ。

日本経済新聞5月31日付け「創論――安保政策の転換、何のため」で、米戦略予算評価センター副所長のジム・トーマス氏(元米国防副次官補)は次のように語っている。

(ソ連との)冷戦中、日本人の中には、米国の戦争に巻き込まれるのではないかという不安があった。だが、いまやこの構図は逆転した。(アジアでの)衝突が大きな紛争に発展し、巻き込まれるのではないか。米国人が、こう心配するようになっている

「多くのアメリカ人は、日本と中国や北朝鮮との間で戦争が起こっても日本を支援する気はなくなっているんだよ」。やんわりと、しかし、冷たく日本を突き放しているように、私には聞こえる。トーマス氏はこの後、次のように発言している。

一方で日本側には、いつか、米国に見捨てられかねないと心配する声もある。ミサイルの脅威によって日本国内の港湾や空港が危険になれば、米軍は日本から撤退するのではないかというものだ。この懸念に向き合い、対策を打つべきだ

対策とは日米共同で防衛体制を組むこと。つまり協力して戦おうと提案しているわけで、トーマス氏の発言は集団的自衛権の行使容認を進める安倍政権を歓迎している米国政府を代弁している。

だが、私に言わせれば、日本人の多くは(今のところ)トーマス氏の言うように、米軍の撤退を心配していない。米軍は永遠に日本を守ってくれると、根拠のない期待感の中に浸っている。

尖閣諸島で中国船舶の侵攻が常態化しても、実際に日本人が攻撃されて死傷者が出たわけではないからだ。中国軍が南沙諸島の環礁を埋め立てて軍事施設を作っても、今のところ日本が攻撃を受けているわけではない。拉致被害者はいるが、北朝鮮のミサイルが飛んできて本土の日本人が多大な被害を受けているわけでもない。

で、多くの国民は「まあ、大丈夫だろう」とあまり不安を感じていない。直接的な被害がなければ、そう思うのはある意味で自然だ。

しかし、「ありうる」という情報はもっと頻繁に伝える努力をすべきだろう。それが乏しいから、危機感が伝わらない。上記の日経の「創論」は良くできているとは思うが、記事全体は不安感が乏しい。

日経の他の記事を見ても中国軍の意図や狙い、イザ攻撃してきたとき、日本はどのような対抗手立てがあるのか、といった点について、具体的に論じた記事はほとんど見られない。いわんや安保法制を批判する朝日や毎日においてをや。産経新聞などごく一部を除けば、総じて甘い認識の中にある。

安倍政権はもっと、現在の日本の置かれた厳しい状況を国会でも、メディアでも具体的に訴えるべきだろう。だが、実際の発言は慎重だ。あまり危機感をあおる(とみなされる)と、安倍首相は「戦争好きなのだ」「極右だ」と批判され、野党やリベラル系メディアの好餌となって、女性など平和愛好の国民の支持を失うと恐れているのだろう。

平和が大事なのは当然だが、だからこそ、そのための備えを怠ってはならない。困難でも、そういう論陣を張って行く必要がある。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年6月1日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。