※自死遺族への影響に配慮し、本稿は表現を全て「自死」に統一している。あらかじめご了承いただきたい。
5月20日にアゴラに掲載された長谷川良氏の記事を読んだ際、私は大いに疑問を感じた。スーダンは1956年の建国以前から自治政府への内戦が勃発しており(*1)、1972年からの11年間を除いて(*2)現在まで内戦がずっと続いている国である。内戦は対人暴力や武力衝突が表面化している状態とも言え、WHOの資料(*3)によれば、世界的には自死は全暴力死の56%にも達している(男性では50%、女性では71%)。このような国内状況を鑑みて、母国では自死がないと言うスーダン人記者の意図はどこにあるのだろう。
スーダンをはじめとする各国の自死率のデータは、前述のWHOの資料にまとめられている。2012年のスーダンの自死者数は4286人で、やはりスーダンでは自死が起きているのである。人口10万人あたりの自死率に直すと17.2人となり、自死が多いとされる日本の18.5人や、ハイパーインフレで有名になってしまったジンバブエ共和国の18.1人と比べてもほぼ変わりない。アフリカの中でもスーダンの自死率は高い割合であり、むしろスーダンは国民の自死問題を抱えていると捉えるべきである。
また2000年の自死率と比較した割合変化は+12.9%となっており、自死率は増加傾向にある。2011年まで同じ国であった南スーダンはー4.8%と減少傾向にあるのとは対照的である。独立して内戦が終結し、復興体制に入った南スーダンで自死率が減少傾向にあることから、スーダンの自死率の高さと増加傾向は、内戦が大きく寄与していることが示唆される。
現在スーダンでは、西部のダルフール地方で「世界最大の人道危機」と呼ばれるダルフール紛争が続いている。「紛争」と聞くと「もめ事」程度の印象を受ける方も多いと思うが、外務省によれば死者30万人、難民・避難民が200万人となっており、足し合わせれば国一つ分にも及ぶ規模であることから、大規模な内戦と考えるべきである。
ダルフール紛争の内情を綴ったダウドハリ氏の「ダルフールの通訳」(*4)には自死を選択した若い母親に関する記述がある。彼女の尊厳のために自死の原因についてここでは省くが、内戦下で襲撃にあったその母親は、最終的に誰もいない沙漠の中、ぽつんと一本だけ生えていた木の元で、死を選んだ。これは内戦下の暴力による自死の具体的な記述の一つであり、またインフラが崩壊している国でひっそりと一人で死を選ぶ国民がいることを示している。
前述のスーダンにおける自死率データがどのように集計されたか分からないが、この母親のような自死の人数までスーダン政府が把握しているかは、疑問である。むしろ「自死による死亡と政府が確認できた人数」と考えられ、社会システムから外れて孤独な自死を選ぶスーダン国民は、公表データ以外にも大勢いるのではなかろうか。
これらのことから、自死を防ぐという目的があるなら、全体的に見たスーダンの社会は、むしろ学ぶ要素を探さないといけない状態であろう。自死予防について学ぶなら、世界各国で自死に関する知見を蓄えているWHOの資料を参照した方が良いと、筆者は考える。
WHOでは、自死の危険因子を保健医療システムの規模に従って社会/地域/人間関係/個人の4つに分類し、それぞれの危険因子に対する対応やその効果を参考文献リスト付きで示している。また自死に対する俗説を否定する形で、自死研究から導かれた自死予防の事実も示している。日本語に翻訳された資料もリンク先からダウンロードできる形になっているので、自死予防に関心のある方はぜひとも参照してみてほしい。
参考文献
*1 アフリカ紛争国スーダンの復興にかける
*2 スーダン—もうひとつの「テロ支援国家」
*3 Preventing suicide – A global imperative
*4 ダルフールの通訳 ジェノサイドの目撃者
追記:参考文献3は、本原稿の書き始め時点ではダウンロード可能だったが、6月28日現在、なぜか筆者の環境ではダウンロードできない。Web archiveのキャッシュからは参照できたので、上記リンクで参照できなかった方は、こちらを参照してほしい。
黒澤 勝彦