「幸せへのナビゲーション」 --- 長谷川 良

7月に入れば、欧州国民は移動を開始する。バケーション(独 Urlaub)の季節だ。子供の学校が夏休みに入るや否や、休暇地に向かう家族連れの人々で空港、駅、アウトバーンは溢れる。「今年の夏はどこで休日を過ごすのか」という挨拶が路上で飛び交う季節だ。

世界に12億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王フランシスコも今月に入ると9月半ばまで夏季休暇に入る。水曜日の一般謁見だけではなく、サンタ・マルタでの朝の礼拝も中止だ。例外は、7月6日から1週間、エクアドル、ボリビア、パラグアイの南米3カ国訪問が控えているだけだ。78歳の高齢法王にとって、夏季休暇は健康管理上大切だ。
3カ月余りの夏季休暇といえば、フランシスコ法王だけではない。駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(金正恩第1書記の義理の叔父)も3カ月余り平壌に戻る。帰任は通常10月に入ってからだ。羨ましいぐらい、長い夏休みだ。

ところで、バケーションに不可欠なものはナビゲーションだ。車で新しい地を訪ねることが多いので、カー・ナビゲーションは必需品だ。目的地までの道順はナビゲーションでサーチすれば簡単に手に入る。
イタリアの友人家庭が昨年夏、ウィーンの当方宅を訪ねてきたが、カーナビのお蔭で最短ルートでウィーンに到着した。彼らがイタリアの北部の小都市ベルガモからミリオン都市のウィーンを初めて訪れるというので、最初は少し心配していたが、取り越し苦労だった。知人はカーナビの示すルートに従って快適に車を飛ばし、ザルツブルクで一度休憩し、8時間余りで無事ウィーンに到着した。

独週刊誌シュピーゲルを読んでいると、ナビゲーションは目的地へ「最短距離のルート」を示すプログラムだけではなく、散策者用の「最も美しいルート」、「最も静かなルート」を示すプログラムなどが作成されているという。もちろん、そのためには該当する都市のメガ・データが必要だ。そのうえ、「美しい」という主観的な感情もデータに基づいていなければならないから、プログラム作成者は事前に多くの人々に「何が美しいと感じるか」といった意識調査を実施する必要がある。「静かなルート」でもそうだ。また、昼は美しく感じた公園が夜は怖い場所に変ることもあるので、そのデータは複雑であり、プログラム作成には大変な時間とデータが不可欠となる。

例えば、自宅から会社に通う場合、今日は少し時間があるから「最も美しいルート」で、寝坊したので時間がないから、「最短距離ルート」で会社へ行こうといったふうになる。また、花粉症や汚染大気に過敏な人用に「最も健康なルート」を利用するといったように、使用者に応じてナビゲーションのプログラムを臨機応変に利用できれば最高だろう。

ところで、人間はどんな人も幸せを求めている。そこで人を幸せに導くプログラム(幸せへのナビゲーション)を作成すれば大ヒットするのではないか。
もちろん、幸せを感じるというのはかなり主観的なものだから、事前に好みや趣味、気質や性格などのデータを入れ、どんな時に幸せを感じたかなどをデータに覚えさせなければならない。
見知らない街に旅した時、「幸せのナビゲーション」のスイッチを押すと、自分の好みの食事を提供してくれるレストラン、好きなフィルムが上演中の映画館、気の利いたコーヒーを飲ませてくれる喫茶店があるルートを見つけ出してくれる。
レストランや娯楽施設だけでは物足りない知識人用には、ウィーン郊外の「ベートーベンの散歩道」のような歴史的人物の香りが漂う散策道、博物館、記念館、美術館などがあるルートを教えてくれるだろう。神様に関心が強い敬虔なキリスト信者には教会回りも考えられる、といった具合だ。

しかし、全てプログラムによってコントロールされると、人によっては充足感・幸福感が減少する場合がある。人は冒険を好み、想定外の出会い、偶然を好む傾向があるからだ。そのような人にはナビゲーションのスイッチを切り、街に飛び出し、心の赴くままに歩き出すことを助言する。いずれにしても、夏季休暇を有益に過ごしてほしいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。