どうも新田です。小学生の時、「芥川賞」を「ちゃがわしょう」と思い込んでいたのが懐かしい四十路のこの頃です。ところで又吉さんの受賞に関して、まだ私も作品を読んでいないので、文学性のこと云々の論評は控えますが、受賞当夜の報道で印象に残ったのが朝日新聞デジタルのだだ漏れ中継でした。
■臨場感のあった朝日新聞デジタルの“だだ漏れ”
又吉さん、笑いの経験が裏打ち 芥川・直木賞に3氏
お笑い芸人の又吉直樹さんが16日、「火花」(文学界2月号)で芥川賞を射止めた。又吉さん、同時に選ばれた羽田圭介さん、そして直木賞に決まった東山彰良(あきら)さんは東京・帝国ホテルでの受賞記者会見で口々に喜びを語った。(リンクはこちら)
紙面を見てませんが、書き出しの文体からして、おそらく社会面のサイド記事からの転載だと思われます。大きなニュースがあると一面で「今年の芥川賞は又吉さんと羽田さんが受賞しました」という本記(ストレートニュース)があり、それを受けて記者会見の雑感や、本人、関係者の喜びの声を社会面や地域版で書きます(新聞業界用語でその名も「受け記事」といいます)。
又吉さんの受賞の一報で、日刊スポーツも精力的に速報記事でご本人の関連記事や、恩師の喜びの声をいち早く報じていましたが、各新聞社のサイトをサーフィンしていて当該記事をクリックしてびっくり。たしか午後10時15分過ぎだったと思いますが、なんと現場から生中継するというので、楽しみに拝見しつつ、現場にカメラを配置した朝日新聞のデジタル取材の取り組みに感心させられました。
現在記事をクリックすると、動画のところは録画に差し代わっていますが、ライブ中継時は、又吉さんが会見の予定時刻より少し遅れたこともあり、記者たちが締め切りをにらみながら現場で待ちぼうけしている様子も中継しておりました。会見では通常の芥川賞会見と異なり、新聞社の文芸担当に加え、ワイドショーのレポーター、スポーツ紙の芸能担当も参加し、「又吉さんのこと先生って呼んでいいですか?」とボケ狙いの質問が飛ぶシーンを見るにつけ、「あー、これテレビの絵取り用でアナウンサーの確信犯的アホ質問なのかな」と思ったりなどなど、とても臨場感が伝わって来ます。
■新聞社サイトに感じる動画の可能性
思うんですが、ニュースの現場からのネット中継は、実は新聞社のニュースサイトにとって数少ないブルーオーシャンな領域ではないでしょうか。ここで映像メディアの競合と比較すると、まずはネットメディアから。その代表格であるドワンゴはニコ生公式チャンネルの取材クルーを派遣するなりして、民主党政権誕生以後は政治ニュースではおなじみになっております。ただ、日本の報道現場は記者クラブでクローズされている箇所も多いのが事実。記者クラブの是非論はひとまず脇に置いて、ドワンゴの皆さんはしばしば記者クラブ側との調整に気の毒なほど気を遣っているのを見聞きしますし、ドワンゴさんがクラブの中やあるいは地方の現場なんかには行けないところが多いのが実情です。
もうひとつは映像メディアの王様であるテレビとの競合。こちらは新聞社と同じく記者クラブの一員なので取材現場でも思い切りバッティングするわけですが、彼らの最優先はあくまで地上波でのオンエア。その前にネットで先行的に中継はしないのが原則。最近NHKや東京MXのようにネットの融合に熱心な局もあるので、今後番組をやっていない段階でのネット中継が増えてくるかもしれませんが、ヒト・モノ・カネのリソースは地上波ファーストで投下しているので、急速にネット中継に力を入れることは考え難い。しかもテレビクルーはカメアシだの照明さんだの体制が大きいので、新聞社の社内ベンチャー的に細々とやっているネット中継班は、小回りも効きやすそうです。
そういえば、毎日新聞も近頃、毎日JPで「注目ニュース90秒」なんていうのを始めて、記者が重要ニュースの解説をショート動画でお届けしているようです。
※毎日新聞デジタルが力を入れる90秒ニュース
大新聞社がお届けする映像作りこみとしては、アゴラのVlogとさほど変わらないあたりが台所事情をうかがわせますが、もうすぐ倒壊しそうな社屋の中の雑然とした編集局内部からレポートするあたり、新聞社内の男臭い匂いがカメラの向こうから漂ってくるようですね。小綺麗なスタジオでミスコン上がりの女子アナが見目麗しくお伝えしている民放ニュースと違い、ザ・ジャーナリズムって感じです。
日本の新聞社では、ようやく緒についてきた感じのある動画の活用ですが、メディアイノベーションの本場アメリカでは、伝統的な新聞社でも果敢に動画メディアに挑んでいます。その名もイノベーションという社内改革提言書を打ち出したニューヨークタイムズなんかは「TIMES VIDEO」というサイトを作ってますし、撮影・編集のクオリティーの高さに彼我の差を感じてしまいます。
まあ、ここら辺の海外事情は、朝日新聞の古田記者や、同提言書の日本語版要約を発表した市川裕康さん、読売の大先輩、島田範正さん、現代ビジネスの佐藤慶一君や、クラウドファンディングでアメリカの新興メディアへの取材資金をかき集めた大熊将八君あたりのウェブ記事に詳しいところですが、日本のメディア界隈にいる者としては、各新聞社がどういう動画戦略を打ち出し、発展させていくのか注目しているところです。
■新聞社の事業ドメインは何か?で示唆
それにしてもクロスメディアという言葉は言い古された感もありますが、新聞記者だから記事を書いていればいいという時代は終わりつつあるのではないでしょうかね。そもそも新聞社の本分は紙の新聞を出すことではなく、ジャーナリズムコンテンツをお届けするところにあると位置付けるなら、メディアの変化に合わせて取材方法が多様化するのも必定。スマホの高性能化が進めば、新聞記者でも動画取材は当たり前になるだろうし、テレビ記者の基礎レベルくらいのカメラ回し、レポート用のスピーチ能力が要求されるのかもしれません。あ、もしかしたら記者採用の方針も映像対策のビジュアル重視に変わって、新聞社内の美男美女率が急に増えちゃったりなんかしたりして(笑)
それはともかく、事業のドメインをどこに置くのかという話は非常に重要です。
19世紀から20世紀にかけてアメリカの物流の王者だった鉄道会社が自社のドメインを「輸送」ではなく、「鉄道で人や物を運ぶこと」に定義し、その後、普及した自動車や航空会社に物流市場を侵食されてしまった昔話はマーケティングの教科書で最初の方に載っている古典的事例ですが、新聞社がアメリカの鉄道業界の轍を踏むのかどうか、ニュースサイトの動画活用はいろいろと感じさせるところがございます。ではでは。
新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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