日本経済新聞1面のインタビュー連載記事「戦後70年これからの世界」8 日付けで、京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が「70年の節目を迎え、歴史や安全保障をめぐる議論も盛んです」という質問に対し、こう答えている。
私が終戦を迎えたのは中2の時で、住んでいた鹿児島市は連日の空襲で焦土と化した。戦争の悲惨さを知る人間として、私たち日本人は『耐える勇気』を持たないといけないと思う。専守防衛に徹して、平和を愛する日本民族に牙を向く国はそうはないだろう。だが、最近の安保法制の議論などを聞いていると、『耐える勇気』よりも『一歩前に踏み出す勇気』のほうがまさっている感じがして、先行きを危惧している
「きれい事だ」。そう感じた。「日本に牙を向く国」がないのは、専守防衛に徹して平和を愛しているから(だけ)ではない。世界最大の軍事大国である米国が安保条約によって日本を守る意思を示しているからである。単に後ろに控えているのではない。沖縄をはじめ日本各地に米軍基地を構えて、いつでも攻撃に転ずる用意をしている。
その米軍も日本を守るのが第一の目的で基地を日本に置いているのではない。米国の世界戦略の展開にとって日本の基地が必要だからである。
世界各国はすべて自国の国益に基づいて行動している。稲盛氏はその現実がわからないのだろうか。
「耐える勇気」が必要というが、専守防衛を認めているのだから、耐えるとは「右の頬を打たれたら、左の頬を出す」という完全無抵抗に徹するということではないだろう。
「自分から攻撃するような事をすると争いが絶えない。だから、専守防衛に徹して、攻撃の意思はない。平和を尊重しているという態度を世界に示さなければならない」ということだろう。
その点に異論はない。第一次大戦後にパリで締結された不戦条約は、その精神で誕生し、現在の国連もそれを受け継いでいる。
しかし、攻撃的な国やテロ集団がなくなるわけではないので、各国が協力して軍事的にその乱暴者を制圧する。それが集団安全保障だが、米ソ中などの常任理事国の拒否権によって集団安全保障が成立しない場合が多い。
そのため、国連憲章は自ら自衛する個別的自衛権を有すると定めた。さらに自分だけでは防衛できない事態に備えて利害の一致する国同士が同盟を築いて他国の攻撃を防ぐ仕組みも設けた。それが集団的自衛権である。
これまでは、日米同盟で一方的に米国に守ってもらえた。しかし今後、米国は軍事予算を削減する一方、中国は過去10数年、飛躍的に軍事力を高め、かつ東シナ海や南シナ海で覇を唱えている。北朝鮮も核武装に乗り出している。
日本も米国と一緒になって戦わない限り、米国だけでは日本を守りにくいと米国はほのめかしている。そこで共同して防衛に当る体制を整備する。それが今議論している安保法案である。
稲盛氏の言う「一歩前に踏み出す勇気」はこれを指しているが、氏はそれが「危ない」と言う。確かに、米国に一方的に守ってもらっている状況に比べれば、自分も一緒に戦う分、「危なくなる」。
でも、東アジアの緊張が高まっている現状を前に、「一歩前に踏み出す勇気」を持たずして、どうやって日本を守ればいいのだ。専守防衛だけではいくら「耐える勇気」を持っていても限度がある。「平和を愛している」と宣言すれば、牙をむき出しにされることはないと、本気で思っているのだろうか。
私は稲盛氏を戦後日本が生んだ最も優れた経営者の一人として高く評価している。経営の分野では、こんな甘いきれい事は言わないし実践もしていない。商品開発、市場開拓、コスト削減、様々な経営の課題を厳しく追求し、世界の京セラを築き、NTTに抗して新しい通信会社を生み出し、日本航空の再建を果たした。
現実をしっかり見据え、先見性をもって実践してきた結果だ。ところが、仏教に帰依していることもあってか、時々、エエカッコシーのきれい事を語りがちだ。
ビジネスの世界の話でもそうだ。日本の経済力が高まって米国と摩擦が耐えなかった1980年代前半、稲盛氏は「あまりにも貪婪に市場を支配しようと思うべきではない。一定のシェアがあれば、それ以上は他の企業に譲るべきだ」などと雑誌のインタビューで語っていたことがある。
私は日本経済新聞記者時代、この点について稲盛氏に質した。「自由な市場競争の結果、シェアが落ち、市場から退出を迫られてもやむを得ないのではないか。強い企業のシェアが高まるということは市場全体の生産性が向上し、国民経済を効率的に発展させるはずでしょう」と問うと、苦笑いしていた。
稲盛氏は上記日経のインタビューで、「現在の日本経済の停滞状況を脱するのに、何がカギとなるか」という質問に対し、こう答えている。
世界中から強い企業が次々に現れるなかで、狭い市場に多くの日本企業が群雄割拠していたのでは競争に勝てない。大同団結して世界に通用する力をつけるべきで、場合によっては小異を捨てて大同につく合併のような動きがもっと進んでもいい。経営者は『一国一城のあるじ』に満足するのではなく、勇気を持って業界の再編などに取り組んでほしい
軍事外交も同じことではないか。中国、北朝鮮などの脅威が強まるなかで、大同団結して世界に通用する力を持つ。それが集団的自衛権ではないか。勇気を持って防衛体制の再編に乗り出す。それは一見、危なくなるようで、実は抑止力が高まって平和維持に役立つはずだ。
稲盛氏の発言を取り上げるのは、日本では経営面では優れているのに、こと軍事問題となると、きれい事を語る経営者が少なくないからだ。
少し目を凝らし、情報を集めれば、自分がいかに甘いか、わかるはずなのに、「集団的自衛権の行使容認や安保法制に反対する」空気に流されてか、驚くほどナイーブな意見を吐露する経済人が多く、驚かされる。