米連邦準備制度理事会(FRB)が14日に公表したベージュブック(8月後半から10月初めまでカバー)は、経済拡大ペースが緩慢であることを確認した。ニューヨーク連銀がまとめた今回のベージュブックでは、「経済活動は穏やかに拡大し続けている(continued modest expansion in economic activity)」と総括。2014年12月、2015年1月、3月、4月、6月、7月、9月での表現「経済が拡大し続けた(continued to expanded)」にほぼ沿う表現を用いた。ただ、前回より悪材料が増えている。中国に加え、ボストン連銀は個別に旅行・観光に関する段落でロシアによるシリア空爆、米債務上限引き上げ交渉膠着に伴う米連邦政府機関の閉鎖が米景気への脅威になり得るとも指摘していた。
今回、経済拡大ペースが「控え目(modest)」と表現した地区連銀は6行(NY連銀、フィラデルフィア連銀、クリーブランド連銀、アトランタ連銀、シカゴ連銀、セントルイス連銀)で最も多く、前回の5地区連銀から増加した。経済拡大ペースにつき「緩やか(moderate)」だった地区連銀はミネアポリス連銀、ダラス連銀、サンフランシスコ連銀の3行で前回の6行から減少。カンザスシティ連銀は、「わずかに減速(slight decline)」している。前回より「鈍化(slowed)」した地区連銀は、リッチモンド連銀とシカゴ連銀の2行。逆に、ボストン連銀とリッチモンド連銀は「強まった(increased)」。多くの地区連銀は「ドル高が製造業活動および旅行者の支出を抑制している」と報告したものの、「企業は全般的に短期的見通しに楽観的」だったという。
(製造業)
製造業活動は「全般的に活気に乏しい(generally sluggish)」とし、前回の「全般的に前向き(mostly positive)」から明確に下方修正した。クリーブランド連銀、シカゴ連銀、サンフランシスコ連銀の3行は鉄鋼関連の需要が「弱いまま(remained weak)」だった上に「ドル高と中国との競争」が影響していると報告。また、多くの地区連銀はエネルギー関連の需要低下を製造業活動の鈍化要因に挙げた。
ドル高をめぐるネガティブな表記は16回となり、前回の15回を上回った。8地区連銀から以下のような言及され、前回の7地区連銀から増加している。
・ボストン連銀「研究機器製造業者は、ドル高が逆風要因と指摘」
・NY連銀「業者にとって、ドル高は旅行者の支出縮小につながり売上減少要因」
・フィラデルフィア連銀「製造業者は、引き続きドル高を懸念材料に挙げる」
・クリーブランド連銀「エネルギー関連と農業関連の減速と合わせ、ドル高は生産を抑制」、「ドル高と世界需要の鈍化を材料視し、企業は借入に慎重」
・リッチモンド連銀「ドル高により前年比で輸出が鈍化し、輸入が拡大」
・カンザスシティ連銀「エネルギー関連業者は、ドル高による圧迫を指摘」
・ダラス連銀「ドル高、石油製品および化学製品の輸出を押し下げ」
・サンフランシスコ連銀「ドル高に加え、中国の競争に直面し鉄鋼生産が鈍化」「一部の農業関係者は、ドル高による悪影響を懸念」
中国というキーフレーズが登場した回数は、6回だった。前回初めて中国が盛り込まれた当時の8回から、減少している。地区連銀別の内容は以下の通り。前回に続きボストン連銀とダラス連銀のほか、今回はサンフランシスコ連銀が加わった。
・ボストン連銀「コンピューター関連の1社、中国の影響を報告」
・ダラス連銀「製造業の1社は、世界経済のボラティリティと中国の景気減速が2016年の業績に影響と予想」「綿の輸出が減少、主要顧客の中国が前年比で落ち込んだため」
・サンフランシスコ連銀「ドル高に加え、中国の競争に直面し鉄鋼生産が鈍化」、「農家は中国の需要鈍化による生産調整を実施していない」
(個人消費)
消費動向をめぐっては、前回の「まちまち(varied)」から「緩やかなペース(moderate pace)」へ上方修正された。NY連銀とアトランタ連銀は「まちまち」だった一方、リッチモンド連銀とシカゴ連銀は「鈍化した(slowed)」にとどまるカンザスシティ連銀は、「わずかに低下した(weakened slightly )」。一方でボストン連銀をはじめフィラデルフィア連銀、アトランタ連銀、カンザスシティ連銀、ダラス連銀など5行は概して見通しに対し「楽観的(optimistic)」だった。 観光は全般的に「まちまち(mixed)」。ニューヨーク連銀、ミネアポリス連銀、ダラス連銀はドル高を理由に挙げた。
多くの観光客がNYを訪れるも、支出は控え目傾向。
(出所:New York Post)
(労働市場、賃金、物価)
労働市場は、全般的に前回に比べ「引き締まり(tightened)」をみせた。ニューヨーク連銀のほかフィラデルフィア連銀、クリーブランド連銀、リッチモンド連銀、アトランタ連銀、シカゴ連銀、セントルイス連銀、ミネアポリス連銀、ダラス連銀の9行は雇用が「緩やかあるいは控え目ながら増加した(was up modestly to moderately)」。引き続き、特殊技能職の人員不足を挙げ、未熟練労働者不足の声も一部で聞かれた。労働不足は建設セクターでクリーブランド連銀、シカゴ連銀、サンフランシスコ連銀の3行、トラック輸送ではニューヨーク連銀、セントルイス連銀、カンザスシティ連銀の3行、ITセクターではニューヨーク連銀、カンザスシティ連銀、サンフランシスコ連銀の3行の名前が上がった。一方で、フィラデルフィア連銀はパートタイム労働者あるいは派遣労働者の伸びが正社員を上回っていたという。ダラス連銀は、エネルギー産業でのレイオフを報告していた。
賃金の伸びは、前回に比べほとんどの地区連銀で「抑制されていた(subdued)」。ボストン連銀のほかフィラデルフィア連銀、リッチモンド連銀、アトランタ連銀、シカゴ連銀、セントルイス連銀、カンザスシティ連銀、ダラス連銀の8地区連銀で「わずかから控え目(slightly to modest)」な伸びを確認した程度。特殊技能職は賃上げ幅が大きくIT、医療関連、専門サービスその他で報告されている。ニューヨーク連銀では特殊技能職および非特殊技能職そろって賃上げを広がり、サンフランシスコ連銀は最低賃金引き上げが小売セクターに波及しつつあると伝えた。
物価は「抑制的(contained)」で、ほとんどの地区連銀は仕入れ価格と販売価格あわせ概して横ばいだった。また一部の地区連銀はエネルギー価格のほかテクノロジー商品、一部の農業関連、金属製品の下落を報告した。
(エネルギー、農業関連)
エネルギー関連は「一段と低下(declined further)」し、前回の「安定的から低下(stable to decline)」から下方修正された。ミネアポリス連銀のほかカンザスシティ連銀、ダラス連銀の3行で石油リグ稼働数が減少し、ダラス連銀は油田サービスの需要が低迷したままと伝えている。アトランタ連銀も、採掘・生産活動の減少を報告した。 農業は、前回と変わらず全般に「まちまち(mixed)」。収穫が堅調だった地区連銀もあれば、干ばつや過湿の悪影響で減産に追い込まれたという。一部の地区連銀は、農産物と家畜の価格下落を指摘し、収入減につながるリスクに懸念を示した。
今回、サマリー部分で使用されたキーワードの登場回数(同じ単語の変化形を含む)は以下の通り。
「増加した(increase)」 →17回、前回は35回
「強い(strong)」(注:強いドルの表現を除く)→14回、前回は13回
「緩やか(moderate)」 →8回、前回は12回
「控え目(modest)」→9回、前回は12回
「弱い(weak)」→12回、前回は4回
「底堅い(solid)」→2回、前回は1回
「安定的(stable)」→1回、前回は8回
ドル高、原油安再燃、中国発の世界景気減速、そして世界同時株安という衝撃が走った期間なだけに全体的に楽観的なトーンはやや後退したように映る。1)リスク要因の増加(ボストン連銀、中国以外にロシア・シリア空爆、米連邦政府機関の閉鎖懸念)、2)「weak」利用回数の急増、3)製造業における競争力の低下、4)エネルギー産業の一段の減速――などを鑑みると、フィッシャー米連邦準備制度理事会(FRB)副議長が「年内利上げは確約ではなく、予想」と発言したのも頷ける。
明るい材料も、確かに見受けられた。住宅販売は12地区連銀そろって拡大。個人消費の見通しは中国やシリア・ロシア問題、米連邦政府機関の閉鎖をリスクに挙げたボストン連銀、原油安の悪影響が根強いアトランタ連銀、ダラス連銀など5行で「楽観的(optimistic)」と表現している。賃金動向でも、ニューヨーク連銀では特殊技能職のほか一般技能職でも賃上げが確認された。
米9月雇用統計や米9月チャレンジャー人員削減予定数を踏まえると労働市場見通しに不安が残るだけに楽観は禁物だが、外部環境の悪化や製造業のほかエネルギー産業の減速の割に耐性を見せつけたとも言えよう。12月利上げ派であるJPモルガンのダニエル・シルバー米エコノミストも、内容を受け「重要なポイントとして8月後半に発生した金融市場の下落への影響は、ほぼ現れていない」との認識を寄せる。2016年3月利上げ派であるバークレイズのジェシー・ヒューウィッツ米エコノミストも「目新しさに乏しく、Fedは引き続き製造業とサービス業の乖離を精査していく」と予想。今回のベージュブック、行間を読み取ると年内利上げを確約しなかったと判断できるだろう。
(カバー写真:Joseph/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2015年10月15日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。