障害児の母も当たり前に働く社会へ --- 駒崎 弘樹

2015年9月に「障害児保育園ヘレン」は開園1周年を迎えました。
そんな9月のある日に、桃の香りのハンドソープをヘレンに届けてくれたのは、井門由美子さん。井門さんは調香師として香料の会社で働きながら、ヘレンに2歳になるお子さんのるいくんを預けているお母さんです。

「ヘレンに預けられたからできた香りです。」そう言って微笑む井門さんの職場復帰までの物語とは―
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「明日生きているかわからない」記憶のない1週間


息子の病気は妊娠5ヶ月の時に判明しました。医師には病気が深刻なもので、生きて産まれてくるかどうかわからないと言われました。生まれる前は漠然とした不安がありましたが、元々楽天的な性格なこともあり、どこか深刻な状況をイメージできない自分がいました。

ただ、出産後は本当に壮絶でした。生きるために必要な「自分で呼吸ができるかどうか」「おしっこがでるかどうか」といったことを一つ一つクリアしては次の心配が出てくる日々。明日も生きていてくれるのかがわからない状態が1週間続きました。この時のことは壮絶過ぎたのかあまり記憶に残っていません。
 
子育ては一人じゃできない


1週間経った時に容体が少し落ち着きましたが、寿命としてこのまま看取るのか、今後積極的な治療をしていくのかの選択を迫られ、私たち夫婦は転院して治療をしていく道を選びました。転院後どのような治療の道筋があるのかわかっていなかったのですが、転院した次の日には手術が行われ、透析が必要な状態になりました。

半年間のNICU(新生児集中治療室)生活で得たのは、一人で子育てをしないということと、夫の積極的な育児参加です。医師や看護師、ソーシャルワーカーさんなど、たくさんの人の支えを得ながら、夫婦で子どもに向き合い、治療のことなど子どもに関わる一つ一つを決めなくてはいけない日々だったので、母親の方が子どもについてベテランになるということがなく、自然にそうなったんだと思います。
 
職場復帰への立ちはだかる壁


半年の入院生活を経て、在宅で経管栄養(鼻に入れたチューブから直接胃に栄養を入れる方法)と透析を行うようになり、1年の育休はあっという間に過ぎていきました。半年の延長を会社に認めてもらったものの、区の認可保育園では医療的ケアの必要な子どもの受入は難しいと言われてしまい、仕事に復帰できるとはとても思えませんでした。

そんな折に母が「障害児専門保育園開園」の新聞記事を見つけてきたんです。

荻窪にあるヘレンまでは自宅からも会社からも遠く、また一般の保育園に入れたいという気持ちも強かったので、最初は「ダメもとで話だけ聞いてみよう」と思っていました。仕事に戻りたいと思いながらも預け先が見つからない状況が続いていたので、もう戻れないかもとどこかで考えていたからかも知れません。でも、面談で子どものケアについての要望を伝えた時に当たり前のように受け入れてくれて、経管栄養の子も預かってくれるんだなと。それなら応募してみようと思ってからはもう必死で、分刻みで登園から通勤までのスケジュールを計算しました。
 
障害児の母も当たり前に働く社会へ


息子は感染から身を守るため、電車に乗ることができません。その為、車通勤を会社にお願いすると「前例がないから難しい」という。でも車でないと通園できないし、私も始業に間に合わないと何度も交渉した結果、認めてもらうことができました。その後、同じ会社で障害児を持った同僚の相談を受けた際には、アドバイスした結果彼女は、車通勤で復帰することができたので、自分が頑張って前例を作れば会社って変わるんだなと。

限定品として商品化された桃の香りのハンドソープは、育休復帰後に調香師として携わった商品です。これまで仕事をすることが当たり前でしたが、仕事ができる幸せや、やりたいことができる場を与えられている幸せを感じるようになりました。
 
障害児保育問題のゴールはヘレンのような保育園が増えることでなく、どこの保育園でも誰でも預かってくれることだと思っています。

でも、まずは障害児の母親も当たり前に働くようになれば、自治体の意識も変わっていくのではないかと。ヘレンはその橋渡し的な役割を果たしてくれる存在になると信じています。

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フローレンスは「障害の有無に関わらず、すべての子どもが保育を受けられ、保護者が子育てと仕事を両立できる社会」の実現に向けて、障害児保育問題の解決に取り組んでいきます。
 
■障害児保育園ヘレンWEBサイト
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編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2015年11月14日の記事を転載させていただきました(タイトルはアゴラ編集部で改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。