世界知的所有権機構(WIPO)は、11月11日に「Intellectual Property Report 2015: Breakthrough Innovation and Economic Growth」と題するレポートを公表した。中身の概略を紹介しよう。
レポートがまず強調するのは、イノベーション(経済社会の大変革)の価値である。イノベーションは新しい経済活動を生み、古い活動を衰退させる。イノベーションは、短期的には失業などの問題を引き起こすが、中長期的には成長分野への労働力のシフトをもたらし、経済成長を加速させる。
イノベーションのきっかけである発明には、その時点では利益を得られるかわからないリスクがある。一方で、発明の情報はあっという間に世間で共有され、他の企業に利用されてしまう恐れがある。発明の権利を守るために、そこで、知的財産制度が構築されてきた。知的財産制度が存在することが、イノベーションへのインセンティブとなっている。
今後イノベーションが期待される3Dプリンタ、ナノテクノロジ、ロボット分野で、だれが特許を出願しているかを、レポートは調査している。最多出願者は、3Dプリンタでは米国3D Systems、ナノテクノロジは韓国サムソン、ロボットでは日本のトヨタである。国レベルでは、日本・米国・ドイツ・フランス・英国・韓国企業に出願が集中している。また、レポートは、科学研究から市場化までの期間が短縮していると説明したうえで、大学による特許出願が少ないのが日本の課題であると指摘している。
ソフトウェア著作権の価値、3Dプリンタによる意匠権侵害、営業秘密保護の重要性など、知的財産権に関わる最近の情勢変化を説明したうえで、レポートは、最後に、イノベーションがいっそう進展するように、政治は知的財産制度を守るべきと主張する。
WIPOのレポートは、メディアではそれほど報道されなかった。SankeiBizの記事「ロボット工学分野の特許申請数 トップ10に日本企業8社」が数少ない例外である。
WIPOのレポートが指摘するように、イノベーション(経済社会の大変革)に知的財産制度は大きな影響を与える。だからこそ、日本政府も「知的財産推進計画(知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画)」を2003年に初めて決定し、知的財産政策を強化してきた。この間に、計画に沿って知的財産高等裁判所が新設されるなどの進展があった。
知的財産は、創造・保護・活用の三拍子がそろってこそ価値を生む。WIPOレポートの大半は、特許出願、すなわち創造と保護の段階を分析したものだが、特許化された後、どう活用するかがより重要である。
そこで、宣伝になるが、情報通信政策フォーラム(ICPF)では、「特許活用の価値」と題するセミナーシリーズを開始し、議論を深めていくことにした。第1回は、12月9日に「キヤノンの特許活用戦略」と題して開催する。ぜひ、参加していただきたい。
山田 肇 東洋大学経済学部教授