売るから下がる、下がるから売るというプロシクリカリティの隘路

投資対象の価値は変動しなくとも、価格は勝手に変動し得る。この勝手な価格変動をボラティリティと呼ぶ。価値が変動しない限り、ボラティリティは、長期的には、無視し得る。これが、長期投資というときの、長期の本質的意味である。


しかし、価値の下落に伴う価格の下落は、全く別問題である。価値の毀損の可能性を、ボラティリティと区別して、リスクと呼ぶ。故に、長期投資とはいっても、リスクは無視し得ないのだから、適切な対応を即時にとるべきなのである。多くの人は、長期投資の意味を誤解して、リスクをも無視して、長期の名のもとに、何もしない。それは、誤りである。

さて、ボラティリティを無視する長期投資は、実は、誰にでも可能なわけではない。強い資本規制のもとに置かれている銀行等の金融機関にとっては、事実上、不可能である。単なるボラティリティに起因する評価損失も、資本の控除項目となるからである。

見かけ上とはいえ、資本が減少すれば、保有できる資産のリスク総量(資本規制上のリスクとは価値の毀損の可能性を数量化したものである)も減少する。故に、資産の売却が必要になる場合が多い。つまり、長期投資にはなり得ないということである。

こうなると、保有する資産には、即時に適正価格で売れるという流動性が要求されざるを得ない。ところが、資本規制上売らざるを得ず、また、実際に売れるというとは、想定し得ない事態を惹起する可能性がある。

銀行の資本規制が現にそうであるように、資本制約の構造問題は、概ね、世界共通である。資本市場は、グローバル化している。そのなかで、ある金融機関において、資産売却の必要があるときには、全世界の多数の金融機関において、同じ必要から、資産売却がなされる可能性があるということである。

こうして、価格の下落は、大きな売却を誘発することで、更なる価格の下落を招く。更なる価格の下落は、資本規制上、更なる売却を誘発し、更なる価格の下落を招く。恐るべき負の連鎖であって、これが、プロシクリカリティと呼ばれる問題である。

流動性があるから、売る。売るから、価格が下落する。そして、プロシクリカリティに陥る。そして、流動性の定義が妥当な価格で売却できるということなら、プロシクリカリティにおいては、もはや、流動性はないのである。

いっそのこと、最初から流動性がないほうが、問題が起きないのではないか。流動性とプロシクリカリティの矛盾である。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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