「あるべき姿」とは、本来そうなっていて当然の状態をあらわします。企業におけるビジョニングや組織マネジメントの話をする際には「あるべき姿」の理論はよく使用されます。
さて、ノーマライゼーションという概念をご存知でしょうか。ノーマライゼーションは、デンマークのバンクミケルセン(1919~1990)によって提唱された概念です。「障害者と健常者とは、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿(あるべき姿)である」とする考え方です。
今回は、ノーマライゼーションを教育現場に取りいれている、南魚沼市立総合支援学校の森田隆行教頭に話を伺いました。
●地域コミュニティのなかで存在意義を確認する
—現在、取り組んでいる活動について教えてください。
森田隆行教頭(以下、森田) 「MSGカフェ」という南魚沼市図書館内のカフェを運営しています。中等部と高等部の生徒たちがカフェのスタッフとなり、地域の人と交流することで、社交性を高め社会参加を促しています。多くの市民との交流から接客の楽しさやサービスを学ぶことを目的としています。
図書館に来た市民との交流からは、多くの学びや変化あると予想していました。従来の障害者教育には偏見という見えない壁が存在しましたが、積極的な交流により偏見が軽減されて理解が深まると考えていたからです。
また、MSGカフェの評判が高まれば、美味しいコーヒーやクッキーを味わいたいと思う人が増えてくることや、図書館の活性化にもつながると考えていました。そのため、接客マナーのレベルの向上には約1年間をかけて準備をしてきました。笑顔で挨拶をして心を込めて接客することなど、お客さんが来てよかった思われる接客を目指してきました。
—いまの評価を教えていただけますか。
森田 お陰様で、行政の理解や支援も相まって、地元でも評判のカフェとして評価をいただくことができました。カフェでは、コーヒーの豆挽き、パックへの袋詰め、包装、パッケージングデザインなど、すべての作業を生徒がしています。接客レベルや、スタッフの笑顔が評判となり、来店客も増えたことから当初の目的は達成することができました。
今年度のオープンは無事に終了し、来年度のオープンに向けて準備をしています。市民の憩いの場として、また買い物や図書館に行く際にもっと立ち寄っていただけるように、サービスの向上につとめていきたいと思います。
●ノーマライゼーションは実践がすべてである
—これまで多くの紆余曲折があったのではありませんか。
森田 一般的に、障害者に対する理解は高まりつつあると感じていますが、まだ本質的な議論が活発とはいえません。障害者支援は実践をすることで初めて身につくものであり、机上の空論ではなにも解決しないからです。
そのためには、多くの人が中途半端な知識や経験ではなく実践することで、きちんとした見識を身につける必要があると思います。正しい見識を身につければ障害者に対する偏見は無くなるはずです。例えば、以前は特別支援学校も市内から遠いところに建設していたため、交流が活発だったとはいえない時期もありました。当校はこれらの教訓から、地域の方との交流を活発化させるために、市の中央に位置しています。
私たちは、「地域の方たちにどんどん学校に来ていただきたい」と発信していますが、ようやくそれが浸透しつつあると実感できるようになりました。子どもたちの笑顔にふれることで、エールを送ってくれる方も増えてきました。
—なにが要因だったと分析していますか。
森田 南魚沼市という地域性もあると思います。南魚沼市の人口は約6万人(推計人口58,920人/2015年5月1日)です。私たちの生活の中心である、米づくりや、雪に関する産業は、他者との交流や人間関係の協力が必要とされます。また、障害者が地域コミュニティのなかで確立した存在になるにも、交流の質と量が必要です。
人口が多く、個で確立ができる産業であれば地域コミュニティの人間関係は希薄になると思います。南魚沼市は、互いの交流を通じて関心を高めていく土地柄なので、逆に個のみでの確立には不向きかも知れません。いずれにしても、地域毎の特性にあわせた展開が必要ではないかと思います。
たびたびニュースで話題になりますが、障害者の問題とは「障害」を「しょうがい」と表記を変えれば解決するような問題ではなく、このようなことが話題になること自体が「社会的障害」であると考えています。地域コミュニティのなかでの役割や位置づけを明確化することが、ノーマライゼーション実現のための一つのモデルになると思います。今後も、地域との交流を深め、地域に根ざしたコミュニティ形成に尽力していきたいと考えています。
—ありがとうございました。
MSGカフェに行けば、多くの人は、ノーマライゼーションの本質に気づかされることだろう。大都市に住んでいれば、飲食店はスタッフのマナーやブラック度ばかりが話題になり目についてしまうことが多い。しかしここではスタッフの笑顔とマナーの素晴らしさに感動すら覚える。そこには、障害者と健常者の見えない意識の壁はもはや存在しない。
尾藤克之
経営コンサルタント/ジャーナリスト