冊封体制でアジア史を説明するのは日本の学者だけ

八幡 和郎

紫禁城

任那を教科書に載せるなと韓国国会は決議したが」という拙稿に1000人をはるかに超える方から賛意をいただいたことに御礼を申し上げたい。私は留学も勤務もフランスだが、経済産業省で中国や韓国担当の課長もつとめた。そこで、思ったのは、欧米人などにも支持されるアジアについての歴史観を確立したいということで、一連の著作のテーマとしてきたが、関心を持って頂くとすれば嬉しいことなので、時折、アジア史についてのテーマを扱わせて頂ければと思う。

 

さて、近代以前の東アジアの外交秩序は中国を中心とする「冊封体制」で成り立っていたという説明を聞かされて信じている人が多い。しかし、冊封体制という言葉は、中国の歴史教科書には出てこないし、韓国でもほんの少しだ。ウィペディアの中国語や韓国語のページを見て頂いても書籍1ページ分にも満たない記述しかない。

 

「冊封体制論」は日本だけのガラパゴス理解なのである。1962年に西嶋定生という東大教授が提唱し、媚中ブームに乗って定説化しただけだ。冊封は中国の皇帝が家臣に肩書きと任命書を与えて領土の支配権を認め、挨拶にやってきたり軍役につく代わりに保護するという関係だが、それと類似の関係を外国君主にあてはめたものだ。

 

しかし、中国と周辺国の関係は時代や地域によってさまざまだし、中国の主観的な位置づけが相手に共有されているとは限らず、また、冊封された国が別の国にも支配されていることも多い。朝鮮では、新羅が七世紀に日本、百済、高句麗の同盟に圧迫され危機にあったので、唐に対して暦、服装、人名まで唐風に従い半独立国となる条件で生き延び、さらには、渤海攻撃に参加することで朝鮮半島の大部分を領土として認められた。

 

明や清の時代には、世子と呼ばれる皇太子は前王が死んでも中国の皇帝から任命を受けるまでは国王ではなかった。これは、ベトナムや琉球もそうだった。しかし、ベトナムは周辺国に対して同様の関係を強要していたし、琉球は実質的に薩摩支配にあったし、朝鮮通信使も徳川将軍に対するゆるやかだが上下関係が明白な遣使であった。

 

冊封なしの朝貢となると、本来は他国の君主にほかの国が使節を出して貿易をしたりご機嫌伺いをすることだが、もっと広い意味での遣使すべてに使われる。

 

日中関係では、奴国王、卑弥呼、倭の五王なども、別に中国の皇帝から認められる前から王だったので、対外関係に有利なので、肩書きをもらっただけで継続的な冊封関係でなかった。とくに五世紀の倭の五王の遣使の狙いは朝鮮半島の支配権を認めさせるためのもので、百済に対する支配権を中国が認めなかったから日本から国交を断絶している。

 

遣隋使や遣唐使については、本当に対等の関係というかどうかは別として、日本は向こうの使節は西蕃の遣使として扱うという建前を崩してもいない。懐良親王や足利義満の日本国王は、中国側もその上に天皇がいることを認識していたうえでの交流だった。いずれにせよ、日本は中国とは気ままに必要があればときどき交流していただけで、朝鮮などと同じ意味で冊封関係にあったことなどない。

 

そして、近代には、東洋の曖昧な国際関係を国際法秩序でどう位置づけるかが問題になり紛争も起きた。日本は、西洋諸国と同じ関係を要求し、中国はそれを受け入れた。中国はローマ帝国や大英帝国についても朝貢してきたと位置づけていたからそれでよかったのだ。

 

日清修好条約は対等の条約だったし、さらに、副島種臣は皇帝に三跪九叩頭なしに拝謁することを認めさせて、それまで外交使節が皇帝に会えなかった西洋諸国もこの問題から解放された。そして、日清戦争などを経て、朝鮮、琉球、ベトナム三か国との冊封関係も近代国際法において特別の意味を持たないことが確認されたのである。 

 

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shouzou
八幡和郎  評論家・歴史作家。徳島文理大学大学院教授。
滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。


編集部より;この原稿は八幡和郎氏のFacebook投稿にご本人が加筆、アゴラに寄稿いただました。心より御礼申し上げます。