最強の官房長官:『影の権力者 内閣官房長官菅義偉』

池田 信夫


政治家と話すと、与野党を問わず菅官房長官への評価はきわめて高い。その役割については、田崎史郎氏は「天才的な調整役」だといい、御厨貴氏は「合理主義者」だというが、彼が実質的に安倍政権を仕切っているという評価は同じで、「後藤田正晴以来の最強の官房長官」ともいわれる。

菅氏は、安倍氏が2007年に首相を辞任して失意のどん底にあった時期から支えてきた。菅氏も麻生政権の選挙対策副委員長として解散を先送りし、民主党に政権を奪われて主流をはずれたが、同じく主流をはずれた安倍氏と親しくなった。2012年の総裁選も安倍氏は消極的だったが、菅氏が出馬するよう強く説得したという。

それ以来、2人は一心同体で、2014年末の訳のわからない解散も、かつて解散の時期を逸した菅氏が発案したという。集団的自衛権の憲法解釈変更は、安倍氏が主張して菅氏が公明党を説得した。彼は昔は梶山静六の部下だったぐらいで右派ではなく、靖国参拝には反対したが、安倍氏がどうしても参拝するというので最後はOKした。

菅氏の武器は人事である。それを霞ヶ関に見せたのが、2013年に日本郵政の坂篤郎社長を半年で更迭した事件だ。これは前任の斎藤次郎社長による大蔵次官OBの順送り人事だったので、菅氏は強く反対した。日本郵政の奥田碩指名委員長は反対したが、菅氏は押し切って西室泰三氏を後任にすえた。

本書を読むと「安倍はヒトラーだ」という類の批判は、まったく見当違いであることがわかる。彼は党の「オーナー」だが、政策調整や各官庁の幹部人事は「番頭」の菅氏がやっており、新しい公務員制度のもとではその権力はかつてなく大きい。あまり気づかれていないが、このpolitical appointmentが彼の力の源泉なのだ。

しかし昨今の消費税をめぐる迷走にみられるように、安倍氏も菅氏も経済政策には弱い。それは安倍氏にとって景気対策は、憲法改正という究極の目的を達成する手段にすぎないからだ。本書も政局の話ばかりで政策の話はほとんどないが、これが菅氏の限界だろう。