日銀の「5分で読めるマイナス金利」によると、「個人の預金金利はマイナスにはならない?」との問いに対し、回答は「ヨーロッパでは日銀よりも大きなマイナス金利にしていますが、個人預金の金利はマイナスにはなっていません。」となっている。
これは答えになっているようで、実は答えになっていない。先行してマイナス金利政策を導入したスイスやスウェーデン、ユーロ圏などの欧州では、個人預金の利子に対しては適用した例はないとの状況を説明しただけである。
現在は昔のように規制金利の時代ではなく金利は自由化されている。このため、個人の預貯金金利は銀行などが決めている。日銀が決めているわけではないため、個人の預金金利はマイナスには絶対しません、といった答えは日銀にはできない。
マイナス金利を特集したNHKの番組では、たしか欧州の一部銀行で、手数料形式で結果として個人向け預金でのマイナス金利の適用事例が報じられていたと思ったが私の見間違いであったろうか。大口預金等を含めると個人向けのマイナス金利の適用事例はあったようなに思うのだが。それについては後日あらためて調べるとして、個人に関係してきそうな新たな事例が発生した。
「三菱UFJ信託銀行や三井住友信託銀行など信託銀大手各社は、顧客の投資信託やファンドが運用する資産のうち、現金部分について新たな手数料を徴収する。4月中旬から始める。日銀のマイナス金利政策で日銀の当座預金に預ける資金の一部にマイナス金利が課されることとなるため顧客に転嫁する。事実上のマイナス金利適用となる。」(3月31日付け日経新聞より)
投資信託などは顧客の解約などに備えて、一部の資金を短期金融市場で運用している。なかにはMRFやMMFのように短期金融市場だけで運用している投信信託もある。日銀のマイナス金利政策により、10年を超える国債までマイナス金利となり、当然ながら短期金融市場で運用しようとしてもマイナス金利となる。このため、MMFについては新規の購入申し込みを停止し、運用を終了して顧客に資金を返す繰り上げ償還も実施された。
しかし、MRFについては証券取引の決済機能を担っている関係で、証券業界からは日銀のマイナス金利の適用除外とするよう求めてきた。MRFなどの運用資金を管理・保管している信託銀行はマイナス金利がつく短期金融商品を購入するのを避け、MRFの資金の一部を自行の「銀行勘定」に貸し出すかたちで移しており、銀行勘定に現金が急速に積み上がった結果、それが日銀の当座預金に積み上がり、日銀当預のうちプラス金利が適用される基礎残高部分を超えてしまう状況となっていた。
日銀は3月の決定会合で、MRFの分はマイナス金利が適用される政策金利残高ではなく、ゼロ金利が適用されるマクロ加算残高に適用させるとした。日銀によるマイナス金利が適用されていた分は、とりあえず信託銀行などが負担していた格好であったが、日銀は業界の要望もあって、MRFの分は適用除外としたのである。
しかし、公社債投信に限らず株式投信でも換金に備えてある程度短期金融市場での運用をせざるを得ない部分がある。年金などの運用も同様となる。特定金銭信託と呼ばれる預金口座のその資金は通常、コール市場などで運用される。ところが短期金融市場でのマイナス金利化により、それが日銀の当座預金に積み上がることになり、その分はマクロ加算となり、日銀によるマイナス金利が適用されることになる。そうなると信託銀行としては収益が圧迫されかねない。そのため、信託銀行は資産運用会社などにその分の手数料を課すことになった。これがもし個人に課す手数料に再転嫁されるとなれば、結果として投資信託などを保有している個人に対してマイナス金利分の手数料が課せられることになる。
もちろんこれは個人の預貯金が直接、マイナス金利に晒されるというわけではないが、投資信託の保有者などにはマイナス金利分の負担分が課せられる可能性があるということになる。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年4月1日の記事を転載させていただきました。転載を快諾くだいました久保田氏に心より御礼いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。