物価は金融政策でどうこうできない事実

久保田 博幸

日銀の金融政策の目的とは何か。日銀法には「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とある(第二条)。

物価が乱高下すると経済を混乱させ、国民経済の顕然な発展に支障を来すことになる。だから日銀の理念は物価を安定させることにある。ただし、日銀法には特に安定した物価の水準は明記されていない。このため2006年の量的緩和解除にあたっては、消費者物価指数での前年比ゼロ%が意識された。ところがグローバルスタンダードは2%だという理屈のもとに、半ば強制的に2013年1月に日銀は2%の物価目標の導入を決定させられた。

欧米の中央銀行が前年比2%だから日本も同じにしなければならない理由もないし、特に2%と言う水準に意味はない。ただし、過去の日銀の金融政策は甘いとの一部の批判的な意見が政権に採用され、それが目標と課せられた。しかも、その日銀の物価目標は過去の生ぬるいやり方でなく、大胆に行えば金融政策で達成出来るとしたのが、黒田総裁が就任してからの日銀の姿勢となっていた。

日銀が異次元緩和を行ったのが2013年4月であり、すでに3年が経過した。日銀の目標となっている消費者物価指数(総合)は前年比マイナス0.1%となっており、異次元緩和決定時の頃の数字に近い。日銀は物価目標達成時期を先送りし続け、直近では2017年度中となっているが、これすらも絵に描いた餅であることも確かである。日銀は自ら金融政策では物価が動かせないことを証明した格好となった。物価は急速な景気拡大期はさておき、景気そのものが安定期に入ると人々の予想などよりも、原油価格や為替の動向に大きく左右される。

日銀もこのあたりはある程度見越していたのかもしれない。だからこそ通貨安に賭けることをしていた可能性がある。しかし、中央銀行の金融緩和による円安に対して通貨安競争を招きかねないとの批判が米国などから出てきた。それと供に市場も中央銀行の金融政策で通貨を売り買いするリスクも意識しはじめた。つまり金融緩和と自国通貨安が次第にイコールでなくなってきた。こうなると通貨安を通じた物価上昇も当然期待薄となる。

大胆な緩和で何が起きたといえば、金利の消失である。それどころか金利がマイナスとなる異常事態を招いた。しかも、日銀は財政ファイナンスに近いことを行っているため、日銀の金庫には国債が積み上がり(イメージ)、日本の債券市場を歪にさせた。目標達成のための手段に疑問があるなか、とにかく緩和をすれば良い的な意識が潜在リスクを大きくさせている。いったんはじめてしまったことを目標未達成のまま終結するにはかなりの困難を伴う。しかし、そろそろ誰かがブレーキを掛けないといけないのではなかろうか。物価は大胆な金融政策でどうこうできるものではないという事実を認めることも必要ではなかろうか。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。