日銀の黒田総裁は5月13日の内外情勢調査会における講演で、1月末の金融政策決定会合において、マイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入した理由について、「本年入り後、原油価格の一段の下落に加え、中国をはじめとする新興国・資源国経済に対する先行き不透明感などから、金融市場は世界的に不安定な動きとなりました。こうした状況のもとで、企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大していました。」と説明している。
つまりマイナス金利の導入の直接的な理由は、金融市場の不安定さ、つまりもっと端的にいえば円高株安にあったと言える。ただし、金融政策は建前上は市場対策に使うものではないため、企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換の遅延のリスクが高まり、物価の基調に悪影響が及ぶリスクを理由としている。
原油安はたしかにデフレマインドに影響を及ぼすことが考えられるが、日本経済にとっては原油安そのものはプラス要因ともなるはずである。ただし、原油安の背景を考えるとリスク回避の動きとなり、それが円高株安をもたらし企業コンフィデンスを悪化させたかもしれない。日銀の本音が円高株安の阻止だとして、マイナス金利でそれを抑えられるのかという疑問もある。
中央銀行の金融緩和策は常に自国通貨の下げや株価の上昇要因になるとは限らない。市場は常に気まぐれである。現実にマイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入したあと、マーケットでは円高株安がむしろ進行している。ドル円は1月29日のマイナス金利決定時に121円台に一時上昇したが、5月はじめには105円台まで下落(円高)となっている。
それにブレーキが掛かったのは日銀のマイナス金利政策が時間を置いて効果が出てきたから、ではなかろう。2月11日あたりを底に原油価格の下落が止まり、その後反発し世界的なリスク回避の動きが後退したためである。もし仮に日銀の金融緩和が世界的なリスク回避の動きを後退させたとしたら、日銀が原油価格の下落を止めたことになるが、日銀の金融緩和がそこまでの影響力を持っているとは考えられない。
日銀のマイナス金利政策を打ち出したことが、むしろ円高株安に拍車を掛けた可能性すらありうる。市場は昨年末あたりから日欧の中央銀行の金融緩和に対してネガティブな反応をし始めている。このあたりの検証をしっかり行っていれば、仮に市場動向に影響を与えたいのであれば、何もしないという選択のほうが悪影響を防げた可能性すらある。これは「たられば理論」となってしまうため検証はできないことも確かではあるが。
日銀は果たしてマイナス金利政策で何をしたかったのか。為替や株式市場はこの追加緩和に対しネガティブな反応をし、国債の利回りは異常なまでに低下しているが、物価はいっこうに上がる気配は見せていない。マイナス金利により、むしろ人々の不安を煽ってしまったことも考えられるのではなかろうか。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。