オーストリアで22日、大統領選挙の決選投票(有権者数約638万人)が実施され、野党第2党「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)が23日、郵送票での差で、得票率50.35%を獲得、極右政党「自由党」のノルベルト・ホーファー氏(45)を僅差(3万1026票)で逆転し、当選した。
「欧州初の極右政党出身大統領の誕生」は回避されたが、極右政党の候補者が得票率49.65%を確保したという事実に欧州政界はショックを受けている。1カ月後の英国の欧州連合(EU)の離脱を問う国民投票の行方や、2017年に実施されるフランス大統領選にも少なからずの影響を与えるのは必至と受け取られているからだ。
オーストリアの大統領職は名誉職的ポストであり、政治実権は少ない。その大統領選にメディアはこれまで余り関心を払わなかったが、今回は200人余りの外国人ジャーナリストがウィーン入りし、決選投票の行方を取材した。オーストリア大統領選の結果が欧州全土に影響を与えると受け取られたからだ。米紙ニューヨーク・タイムズは「ホーファー氏の大統領選出は欧米諸国への警告を意味する」と報じていたほどだ。
4週間余りの決選投票選挙戦では、ホーファー氏の当選を阻むために、社民党、「緑の党」、「ネオス」など他政党が早々とバン・デ・ベレン氏支持を表明し、辞任したフィアマン首相の後任、ケルン新首相(社民党出身)も就任直後、バン・デ・ベレン氏支持を明らかにするなど、自由党を除く与・野党が結束してホーファー落としに腐心した。
同国で2000年2月、自由党が参加したシュッセル連立政権が発足した際、EUがオーストリアとの外交関係を制限するなど制裁を行使したことがある。当時と今回では欧州の政治情勢は異なるが、極右政党の大統領誕生はその悪夢を再現させる危険性がある、といった不安が国民の中にはある。
自由党はブリュッセル主導のEU政策には批判的で、EU・米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)に反対し、TTIPを問う国民投票の実施を要求する一方、難民問題では、“オーストリア・ファースト”を前面に出し、外国人排斥を選挙戦では訴えて、躍進してきた。欧州レベルでは、フランスの ジャン= マリー・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など欧州の極右政党との連携を深めている。
その一方、自由党はナチス・ヒトラーの戦争犯罪を批判し、明確な距離を置いてきた。シュトラーヒェ党首は先日、イスラエルを訪問し、イスラエルとの関係を深め、「ネオナチ党」のイメージ払拭に努力、イェルク・ハイダー党首時代(1986~2005年)の路線から決別し、政権担当能力を有する新しい右派路線を模索し出している。ただし、党員の中にはネオ・ナチを彷彿させるメンバーも加わっていることも事実だ。ホーファ―氏自身はドイツ民族への憧憬心が強い民族主義的学生組合(Burschenschaft)の名誉メンバーだ。
独週刊誌シュピーゲル(電子版)は24日、「ドイツでホーファー旋風に不安」というタイトルの記事の中で。「200万人以上の有権者が大統領選で極右政党の候補者に票を投じた事実は看過できない」と指摘、「ホーファー氏の成果がドイツにも影響を与えるか」と自問し、「十分考えられる」と答えている。具体的には、ドイツの極右派勢力「ドイツの為の選択肢」(AfD)への影響だ。2013年2月、ベルリンで設立されたAfDは難民受入れに批判的であり、イスラム・フォビアが強い。
ガウク独連邦大統領は23日、「ドイツ社会の過激化」に警告を発する一方、社会民主党(SPD)のオッパーマン議員は「オーストリアで起きたことをドイツで再現させてはならない」と強調している。
ホーファー氏は敗戦後、「大統領にはなれなかったが、次期総選挙でシュトラーヒェ党首を連邦首相にさせる」と決意を新たにしている。欧州政界にとって、吹き荒れる“ホーファー旋風”にどのように対応するかが大きな政治課題だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。