トランプ氏が強いる日本人への「頭の体操」

井本 省吾

安倍内閣の支持率が今月に入って軒並み上がっている。読売新聞の13~15日の世論調査では53%で、前回調査(4月1~3日)の50%からやや上昇した。不支持率は34%(前回38%)と下落した。

時事通信が6~9日に実施した世論調査でも、支持率は前月比2.3ポイント増の47.6%だった。不支持率は同4.7ポイント減の29.5%に低下し、2014年10月以来約1年半ぶりに3割を切った。

政党支持率も自民党が前月比1.7ポイント増の25.6%で、3月に発足した民進党は同0.1ポイント増の4.3%とほぼ横ばいだ。

NHKの5月の世論調査では、安倍内閣の支持率は先月より3ポイント上がって45%、不支持率は3ポイント下がって36%だった。

支持率上昇の理由は熊本地震への迅速な対応やオバマ米大統領の被爆地・広島への訪問などが評価された、というのが各メディアの分析。

だが、私はもう1つ、米トランプ氏の人気上昇が背景にあると思う。このまま行くと、米大統領になる可能性が高まってきた。そのトランプ氏が「日本は米軍が駐在してほしいなら、駐留経費を全額、支払え。それがイヤなら米軍は日本から全面撤退する」と吼えている。

これに対して、日本の識者の多くは高をくくっている。

<在日米軍は日本の防衛以上の米国の軍事・安全保障の世界戦略のためにある。米国にとってなくてはならない不可欠な基地だ。米軍が簡単に手放すわけがない。今は大統領戦の最中だから、トランプ氏も極端なことを言っているが、当選すれば、国務省や国防省の高官や関係者がその辺を十分に説明するはずで、トランプ氏も理解するだろう>

しかし、過激なトランプ氏は、オバマ氏以上に「世界の警察」の立場を降りたがっているようでもあり、その場合、米軍の活動範囲を狭める可能性はある。「米軍基地はグアム、ハワイ、オーストラリア以東で十分だ」と考えているフシもある。

「ヒスパニックやイスラムの面倒をみたくない。彼らの流入を防ぎ、自分たちの雇用と生活を守ろう」という「内向きのアメリカ人」の増加がトランプ人気を支えている。

実は「世界の警察」から降りようとする過去10年近い米国の動きが、安倍政権に集団的自衛権の行使容認、安保法制の整備を迫った。これに対して有権者の多くは集団的自衛権の行使容認に反対している。米軍普天間基地の辺野古移設も反対する有権者の方が多い。

だが、安倍内閣の支持率は落ちても一定以上を維持している。自民党の支持率も安保法案に反対した民主(進)党を大きく上回っている。この傾向がトランプ大統領実現の可能性が高まるとともに強まっているのだ。

そのココロは?

多くの日本人は従来、こう考えてきた。

<米国の軍事力が圧倒的ならば、日米同盟は片務的で良い。日本の安全は米軍に任せる。軍事基地が沖縄をはじめ全国にあっても、それで安全ならいいではないか。「思いやり予算」もドイツなどに比べて多めでも、向こうに全面的に守ってもらえるならばそれでいい。>

だから、自分のリスクが強まる双務的な集団的自衛権の行使容認に反対だった。要するに、自分を守る行為をできるだけサボりたかった。ところが、このところ、米軍は軍事予算を削減し、日本に対し「自分のことは自分でやって」と言うようになった。大手メディアがはっきりとは書かないが、詳細に読むとそんな感じである。

であれば、やむを得ない。米軍が退いたアナを責任を持って埋める努力をしそうなのは安倍内閣ぐらいだろう。そう思って今も安保法案や辺野古移設に反対しつつ、安倍政権に任せようとなっているのではないだろうか。

日本の有権者の多くはこれまで米国の厳しい注文や難題に対して、あまり真正面から考えてこなかった。自民党政権が防波堤になって処理してきたからである。それだけ怠けていられたのだ。

だが、トランプの攻勢は「安倍政権を防波堤にして、自分は何も考えないでいい」ということにはならなくなってきた。「軍事費を出さないなら日本から米軍はすべて撤退する」「自分が大事ならば、日本は核武装もすればいい」とまで言っている。

これは日本の有権者に「頭の体操」(ブレーン・ストーミング)を強いる難問の頻出である。

「もし米軍が日本からいなくなったら東シナ海や沖縄に中国が本格的に進出(侵略)してくるのではないか」。

「いや、米国はそこまではさせないだろう。させないように、日本の政権は米国に働きかけるべきだ」

「ならば、米軍への軍事費を増額しなければならない」「その前にトランプが認めるのだから日本も核武装に大きく前進しようではないか」……。

という具合で、来年1月に新大統領が誕生するまで、頭の体操は尽きない。そして、それは日本人が自立(自律)するのに、大切なプロセスでもある。トランプ氏の「暴言」「激論」はなかなか有益である。