【映画評】ヒメアノール

ビル清掃会社で働く岡田は、何も起こらない普通の生活に焦燥感を抱いていた。同僚の安藤に、安藤が想いを寄せる女性・ユカとの恋のキューピッド役を頼まれた岡田は、彼女が働くカフェに出向くが、そこでユカが森田という男からストーキングを受けていることを知る。森田は岡田の同級生で、高校時代に過酷なイジメを受けた過去があった。ユカの周辺で次々に暴力や殺人などの凶行に及ぶ森田と、安藤に内緒でユカと恋仲になってしまった岡田。二人の運命が交錯する時がやってくる…。

平凡な日常とそこに潜む狂気を描く異色のドラマ「ヒメアノール」(正しくはヒメアノ~ルの表記)。原作は、過激な内容で話題になった古谷実の人気コミックだ。タイトルのヒメアノールとはごく小さなトカゲのことで、強者のエサとなる弱者を意味する。ジャニーズのV6の森田剛が、かつてイジメを受けたのが原因で心を病んだ殺人者という屈折した難役を演じるが、これが見事にハマッている。実は私は、映画における森田剛についてはほとんど知らず「人間失格」に出ていたかな…という程度の認識だったのだが、本作での彼の存在感はすさまじいものだ。堂々のR15指定作というだけあって、情け容赦ない暴力シーンに森田(原作コミック、映画劇中の役名も同じだったりする)がキレキレの演技で凶行に及ぶ様は、俳優として一級の演技で圧倒される。岡田のドラマは、片思いやコンプレックス、小さな秘密や将来への不安など、どこにでもある青春恋愛物語だ。だがそのすぐ傍らに、森田による無機質な狂気に突き動かされた殺人という暴走劇があって、二つが同時進行している。最終的に二つの物語が交錯するという構成は、先読み不能で一瞬も目が離せない。

森田はイジメを受けた過去があるとはいえ、勝手な思い込みでストーカーと化し、気に入らない人間の命を平気で奪うロクデナシだ。だが岡田や安藤、ユカらが善人かというと、そうは言い切れない。彼らの心の隅っこにも“森田はいる”のである。本作のタイトルが映画のはじめではなく中盤に突然挿入されるのは、日常と非日常の2つの相異なる世界は、実は表裏一体でいつでも混じり合うのだという強烈なメッセージに思えた。暴力や流血が多いので見る人を選ぶ作品だが、一見の価値があるのは間違いない。

【70点】
(原題「ヒメアノール」)
(日本/吉田恵輔監督/森田剛、濱田岳、佐津川愛美、他)
(バイオレンス度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。