“ウィーンのカラス”は早起き

最近は集中して仕事をしたい時、You Tubeで好きな音楽を流しながら取り組む。ここ1カ月間ほどは堀内孝雄さんの「カラスの女房」を何回も聞いている。堀内さんの曲には小椋佳さんの作詞の「愛しき日々」や「影法師」など多数のヒット曲があるが、当方は堀内さんの曲の中で「カラスの女房」が一番好きだ。堀内さんの作曲家としての個性が最も発揮されているように感じるからだ。もちろん、荒木とよひさ氏の作詞は秀作だ。


▲ウィーンのカラスが目覚める夜明け風景(2015年11月、ウィーン自宅から撮影)

 

ここでは「堀内論」を展開する気はない。「カラス」について少し、書きたいだけだ。荒木さんの「カラス」ではなく、ウィーンのカラスについてだ。

当方には日本のカラスの想い出はほとんどない。カラスと言えば、ウィーンの“あのカラスたち”だ。ウィーンのカラスはことのほか早起きだ。当方が起きる朝5時前には顔見知りのカラスが通りの反対側の屋上に待っている。当方は5時過ぎにはベランダに出てラジオ体操をする。その頃には、カラスの鳴き声が至る所から聞こえる。
鳴き声もカラスによって微妙に違うことも知った。その歩き方にもカラスによって異なる。年配のカラスは燕尾服を着ているように、やはり堂々と歩く。若いカラスはトタンの上をスキップしているように軽い足音を響かせる。こちらがいつものように「おはよう」と挨拶すると、賢いカラスたちは一段と元気の良い声で鳴き返す。

“賢いカラス”と書いたが、日本のカラスは頭がいいと聞いた。クルミを食べるためにそれをわざと車道に落とす。車に踏ませて、クルミが壊れると、さっと飛び降りてその粉々になったクルミを拾うという。日本人は頭がいい人が多いが、日本に住むカラスも他所のカラスより頭が良いのかもしれない。

ウィーンのカラスを擁護する気はないが、ウィーンのカラスは早起きだけではない。やはり頭がいいのだ。ピーナツの殻を当方が体操するベランダにわざわざ落としいく。なぜ、殻を落とすのか、ゴミになるだけではないか、とカラスに向かって最初は呟いたことがあったが、よく考えれば、ウィーンのカラスはピーナツの殻を落とし、「あなたが毎朝、ベランダで体操するのを知っていますよ」と教えているのかもしれない。ひょっとしたら、当方にピーナツの一部をお裾分けしようと考えた心の温かいカラスがいたのかもしれない。ベランダで増えるピーナツの殻を拾いながら、当方とウィーンのカラスの間に心が通じあう世界が生まれてきた。

堀内さんの「カラスの女房」は、今度生まれた時には、好きな人の妻になりたい、といった切ない女心が描かれているが、「ウィーンのカラス」は生きとし生けるものへの同胞感を歌っている。

ある朝、いつものように向かい側のトタン板にいるカラスに向かって、当方が「君は独りなのか」、「家族はどこにいるのか」というテレパシーを送ったら、ウィーンのカラスは「寂しくなんかないよ」という鳴き声が戻ってきた。カラスは7つの子の世話で忙しく、寂しがっている暇などないのかもしれない。

夕方になると、ウィーンのカラスは仲間を呼び集めてウィーンの森に戻っていく。ウィーンのカラスは早起きだから、早く床に戻るのだろう。ウィーンの森で見る夢はどんなものか、知り合いのカラスに一度聞いてみたい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。