米カリフォルニア州のディアブロ・キャニオン原発(Wikipediaより)
石井孝明 経済・環境ジャーナリスト
カリフォルニア州で唯一残るディアブロ・キャニオン原発が2025年までに停止することになった。これをめぐって、米国でさまざまな意見が出ている。
それを肯定するニューヨーク・タイムズの論説室の社説、また同紙に寄稿されその決定を批判する環境研究者の2つの論説の要旨をまとめた。原子力をめぐるどの国でも出てくる論点が現れており、2つを読み比べて考えたい。同紙は原子力に中立だが、原子力をめぐり多様な意見を示す米国のメディアの健全さがうかがえる。
その1・ディアプロ・キャニオンからの良き知らせ
ニューヨーク・タイムズ論説室 16年6月27日
原題「Good News From Diablo Canyon」
ディアプロ・キャニオン原発のように議論の種になってきた原発は、あまりない。この発電所は何年もの激しい反対運動のあとで、1985年から配電してきたが、カリフォルニアの美しい海岸線の近くに建ち、ほぼ確実に巨大な地震を生み出す、活断層に囲まれており、カリフォルニア州の10分の1の電力を発電する。また大量の海水を取り込んで熱を放出する原子炉の冷却システムによって大量の海洋生物を殺している。
シエラクラブのエグゼクティブ・ディレクターだったデビット・ブロワー氏は自分の組織がこの原発の反対を取りやめたことに怒り、組織を離れてフレンド・オブ・ジ・アース(FOE)を創設した。(訳者注・いずれも米国の環境保護団体)ブロワー氏は2000年に亡くなったが、先週のニュースを喜んだことだろう。FOEや自然資源保護協議会などの多くの団体、関係者との長い交渉の末に、原発の所有者であるパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社(PG&E社)は、この原発が2024年と2025年に運転の許認可の期限が切れる際に閉鎖すると、発表した。そして、低コスト、ゼロ炭素エネルギー源に置き換えるという。
閉鎖ではカリフォルニア州の土地委員会と、公益事業委員会の2つの州機関から承認されることが必要だが、おそらくそうなるだろう。これは、この国のエネルギー供給の将来と、地球の健全さに影響を与える重要な出来事だ。単に、いつも仲の悪い集団、つまり労働組合、環境団体、電力会社が一緒になって決断したという意味だけではないのだ。
まずPG&E社が認めたところによると、合意で同社はシステムや顧客を巻き込んだエネルギー効率の改善、風力や太陽光発電への投資で、同原発からの電力の出力(そして収入)の大きな量をまかなうとしている。交渉の参加者の一人が指摘したように、未来を見渡せば、この取り決めは「再生可能エネルギーの時代がすでに到来した」ということの証拠になる。少なくとも、カリフォルニア州ではそうだ。この取り決めは、長期にわたるエネルギーの革新に、この国を導くものである。同州では2030年までに州の認可のある発電設備のうち、半分を再エネからのものにする法案が成立している。
それと同じくらい重要なのは、炭素の排出量を増加させることなく、老朽化した原子力発電所の再建設に迫られている他の州や国家に対して、この合意が意義深い例として役立つということだろう。古くなり、老朽化しているといっても、米国にある99基の原子炉は、国のエネルギーの5分の1、低炭素電源の3分の2の電力を生産している。気候変動に対する拡大する懸念がある中で、途中でそれらを閉鎖するのは愚かなことだ。しかし、原子炉の耐用年数が近づいてくれば、炭素排出ゼロの風力、太陽光、エネルギー効率の拡大で置き換えることは、決して愚かではない。
このことを理解している州知事の一人は、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ氏だ。クオモ知事は意欲的な、クリーン・エネルギー政策を提案している。それは継続的な風力や太陽光発電への投資だけではなく、安い天然ガスによってうながされている電力価格の低下によって経営が維持できなくなっている原子力発電所が閉鎖されるリスクにさらされている、いくつかの同州の原発を維持する補助金を提案するものだ。
クオモ知事にとって、ニューヨーク市の北にあるインディアンポイントの原発を閉鎖する決断はよい決定だろう。同原発の運転実績はよくないし、先週には原子炉の一つが緊急停止した。彼の主張によれば、立地している原発をなくすことは、再エネが本格的に役立つようになるまで、化石燃料への依存と温室効果ガスの排出量増加を意味するという。同様の状況は、巨大電力会社のエクセロン社が州の支援がなければ、2つの赤字の原発を閉鎖すると主張するイリノイ州でも起こっている。
気候変動の状況を考えれば、このような場合の賢明な戦略は、カリフォルニアの例のように温室効果ガスの排出ゼロの発電への転換が予見できる場合まで、原子力発電所を維持するということだろう。すべての州が自然条件のよいカリフォルニアのようには、または積極的な再エネ普及の計画を持っているわけではない。しかし、同州の取り組みは評価をすべきことだ。
その2・気候変動にどうやって〝取り組まない〟ようにするか
マイケル・シェレンベルガー 16年6月30日
同氏は、環境問題の研究者で、環境保護・研究団体の「Environmental Progress」の創設者で運営者。
原題「How Not to Deal With Climate Change」
カリフォルニア州は気候変動と戦うリーダーとしての評価を得てきた。そしてパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社(PG&E)と環境団体が同州で最後に残っているディアブロ・キャニオン2基の原発を閉鎖し、発電する電気の多くを再生可能エネルギーの電気に置き換えることを先週発表した際には、大変な賞賛を受けた。
しかし、この決定は賞賛されるべきものではない。今回の閉鎖の提案が州の公益事業委員会で承認された場合には、カリフォルニア州の炭酸ガスの排出は増大するだろう。もしくはその削減の程度は、昨年州の発電量の9%の発電を担った同原発の原子炉2基が発電を続けた場合に比べて、はるかに少ないものになるであろう。今回の閉鎖計画が実行された場合には、カリフォルニア州は「気象変動にどうやって〝取り組まない〟ようにするか」のモデルになるであろう。
PG&E社は、ディアブロ・キャニオンは他のクリーンな、低炭素の電源によって置き換えられると述べている。しかし閉鎖の申請では、同社がどのような代替措置を行うか書かれていない。私の団体の検証によれば、会社はエネルギー効率アップとディアブロ・キャニオン発電量のおよそ5分の1に相当する再生可能エネルギー計画に投資することを求められているだけである。それ以上のことは、自発的な対応というわけである。
カリフォルニア州を含めて原発が閉鎖されるほとんどのケースにおいて、その発電量はほとんどすべてが化石燃料の発電によって代替されている。2012年にカリフォルニア州のサン・オノフレ原発が閉鎖された時には、天然ガスが主要な代替電源となり、道路上に200万台の車を送り出すのと同様の炭酸ガス放出を行った。
実際にエネルギー市場研究機関のPIRAが行った試算では、ディアブロ・キャニオン閉鎖前の2023年から完全に閉鎖された後の2026年の間に、北部カリフォルニアの天然ガス需要は、PG&E社の再生可能エネルギー計画を考慮に入れても、34%増加することを示している。
ディアブロ・キャニオン原発が閉鎖を迫られる主な原因は、原子力発電の普及を妨げる州の再生可能エネルギー政策によるものである。州はPG&E社がその電力の50%を「再生可能電源」から発電するよう求めている。そして原子力発電を除外する形で「再生可能電源」というカテゴリーを特別に決めてしまった。気候変動をめぐる政府間パネル(IPCC)によれば、原子力発電の作る電気の方が、太陽光よりも炭素放出量が少ないとしているにも関わらず、そうしてしまった。
しかし、カリフォルニアは使える以上の太陽光発電の設備量をすでに持っている。このことはディアブロ・キャニオン閉鎖の1つの根拠であった。太陽が良く照る日には、カリフォルニア州の太陽光発電所は過剰な発電が電力の送電系統を混乱させないように、発電を止める必要があるほどだ。
ディアブロ・キャニオン原発を閉鎖したとしても、太陽が沈み、電力需要が上昇する時間にも、電力会社は依然として電力供給を続けなければならない。しかしそれは他の燃料源からのものになり、おそらく天然ガスとなるだろう。
カリフォルニア州の政策立案者と環境保護活動家は、再エネは電力需要がないときに過剰な発電を行い、需要があるときに過小な発電を行うことがあるという2つの問題について、これらは同州の送配電網を他州のそれと結び、蓄電池による電力の蓄積などの技術革新などによって解決可能と言ってきた。しかし何事も起こっていない。カリフォルニアは実際には、バックアップ用に大量の天然ガスを貯蔵することを強いられている。
昨年10月にこのアプローチ方法のリスクが表面化した。ロスアンジェルス市に近い巨大な天然ガスの地下貯蔵所がガス漏れを起こし、数千人の住民が自宅から避難する騒ぎが生じたのである。漏洩したガス(メタンガス)は年間数十万台の車を道路上に送り出すのと同じ温室効果をもたらし、バックアップ電源燃料がなくなったことで州当局は今年夏の停電の警告を発することを余儀なくさせられている。
もしディアブロ・キャニオン原発が閉鎖されたら、カリフォルニアの天然ガス依存度は危険なまで高まるであろう。カリフォルニア州内の天然ガスによる発電シェアは、サン・オノフレ原発の閉鎖の影響もあって2011~2015年の間に45%から60%まで増大した。ディアブロ・キャニオンがなくなれば容易に、もっと高くなるはずだ。
環境団体はエネルギー効率アップによって消費を減らすことができると主張している。しかしこのような消費の削減はなんら保証されているものではない。例えば、カリフォルニア州では2030年の排出量目標を達成するために、1つのシナリオでは300万台から800万台の電気自動車の導入が必要としている。これは電力需要を大幅に引き上げることになろう。
仮に何かの奇跡が起こって、カリフォルニアがディアブロ・キャニオン原発の作り出す電力の100%を再生可能エネルギーで代替できたとしても、なぜ少なくとも表面上は気象変動を懸念している州が、その最大のクリーン・エネルギー源に背を向けることができるのだろうか? 答えは、明白と思われるが、再生可能エネルギーに対する理想主義的な執着と、原子力発電に対する非合理的な恐怖にある。
化石燃料から脱して成功裏に低炭素電源に移行できた国は、唯一原子力発電の助けを借りた国だけである。反原子力政策に対する逆回転が増している。米国の科学者や環境保護者には原子力の擁護に声を上げる人々が増えている。
もしカリフォルニア州が本当にディアブロ・キャニオン原発を閉鎖するなら、温室効果ガスの排出は増えることになるか、本来のペースで削減できなくなるであろう。そして反原子力の政治的な主張は、気候変動防止活動を妨げる呪いになりかねない。