新型給付型奨学金の創設を掲げる小池百合子さんが都知事に就任し、2週間が経ちました。
これから来年度に向けて、本格的に政策調整がされていくかと思いますが、貧困のこども支援を行っている立場から、給付型奨学金についての企画を提案したいと思います。
小学校から始まる格差
奨学金は、経済状態に関わらず、学習の機会を提供するものです。子どもは生まれてくる家庭環境は選択できず、選択できないものによって人生が決まってしまうのは、公正な社会とは言えないため、公正な社会の実現のための再配分は正当化されます。
一方で、経済状態による学力への負の影響や、経済格差の学力格差への反映は、どの段階で起きているのでしょうか。
小学校教師へのアンケート( http://www.gakuryoku.net/enquete/enquete_index.html?link_b )では、学力の格差が大きいことについて「とてもそう思う」と答えた教師は約50%。「そう思う」と合わせると、9割の小学校教師が学力格差を認識しています。
教育投資の格差が学力格差へ
要因については、両親からの遺伝と家庭の文化資本によるもの、質の高い乳幼児教育(保育)の経験の有無等、複数存在しますが、大きな原因として、教育費の支出構造がその一つとなっています。
NPO法人Chance for Children のWEBサイトより
小学校は義務教育なので、授業料は基本的にはかかりません。しかし、教育費がかからないわけではありません。
小学生ならランドセル、うわばき、体操着、習字道具、絵具セットなどなど。中学生は制服代や修学旅行費用。給食費もかかります。
ただ、こうした学校教育費や給食費は、教育費全体の3割程度。また、生活保護世帯等には、就学援助によって一部補助されています。(例:葛飾区 http://bit.ly/2blrYRw)
生活保護世帯の少し上くらいのグレーゾーンの層には、ここの負担もかなり重いのでいずれ完全無償化すべきですが、現状で大きく差がつくのはここではありません。
グラフからも分かるように、教育費の約7割近くが、実は学校外教育費になります。これは、主には学習塾の費用と、ピアノやスポーツ等の文化学習費用です。
この学校外教育投資に、経済格差はモロに効いてきます。小学校・中学校は行かせられても、塾や習い事は無理。勉強が遅れても、親は夜まで働いていたり病気だったり、あるいは親に勉強を教える資質がなかったりして、家庭学習でリカバーができない。そして学校に行ってもついていけないし、そのうち何が分からないのかも分からなくなり、勉強が嫌いになっていく。というサイクルが生み出されます。
勉強が得意な子はどんどん得意になり、嫌いな子はどんどん嫌いになっていきます。これは教育における「マタイ効果」で、日本式に言えば「ゆきだるま式」と言えるでしょう。
小・中学生の学校外教育費用をカバーする給付型奨学金を創るべし
こうしたサイクルに歯止めをかけるために、「東京都の全ての貧困世帯(全世帯の約16%)の小学生(高学年)・中学生 のための給付型奨学金」を、小池都知事は創設するべきです。
現金給付が子どもの教育に間違いなくいくように、「給付型奨学券(エデュカード)」と言ったバウチャー形式にすれば、「親のパチンコ代に消える」的な世論の反発にも対抗できます。
これによって家庭の経済環境の差を中和し、「人生の早い時点で勝負がついている」状態を解消していくことができるでしょう。
効果はあるのか?大阪での実証から
では、こうした施策が実際に効果を生むのか、ということを他自治体の事例から検証してみましょう。先行して小・中学生への学校外教育バウチャーを配布した大阪市が効果についてのレポートを開示しています。(http://bit.ly/2aRUKen)
それによると、保護者の約72%が、子どもの学力について「向上した」と答えています。また利用者本人への問いかけに対しても「良くなった」が約61%という回答で、効果が認められます。
ただ実際はもっと詳細に、どの程度の向上率だったのか、ということを個別生徒のテスト成績と紐付けて、通塾前と通塾後で比較して見なければ正確な効果測定は言えませんが、直感的にはある程度の効果は認められそうです。
さらに、最終報告がまだなのでここでは詳細は開示できませんが、民間の寄付を原資に、学校外教育バウチャーを被災三県で既に配布しているNPO法人Chance for Childrenによると、学校外教育バウチャー利用者のテスト平均値は、バウチャー配布前と比較すると向上していることが言えそうです。
経済波及効果
また、これは子どものたちの学力向上という主目的から離れた副次的な効果ですが、塾や習いごと等の教育産業に対する経済波及効果も認められそうです。大阪の教育事業者の4割は、「新規入会の生徒が増えた」と答えています。
友人たちが行っている塾に、低所得者層の子ども達も行けることで、スティグマ(低所得であるという刻印)から解放されること。都市部においては実質的に塾などの教育産業抜きにしては進学が難しい状況を鑑みると、教育産業を結果的に助成するものであったとしても、ある程度正当化し得るのではないでしょうか。
かかる費用
さて、気になるコストです。まずはメインの塾代の補助に絞れば、年間80億円弱で済みます。これは、東京都教育委員会の平成28年度予算額8,031億円の約1%程度です。
この額が高いか安いか、の判断は読者にお任せします。ただ、今の日本は6人に1人の子どもたちが貧困状態にあり、そしてその子どもたちによって、これからの日本は支えられるのだ、ということを考えてみてください。そして、東京都のこの政策は、日本の子どもの貧困に対してある種のモデルを示すことができるような、そんな気がしてきませんか?
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2016年8月16日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。