チェンバレン外交の轍を踏んだ民主党政権と野中広務氏ら --- 山田 高明

今、南シナ海で米中が一触即発の状態にある。

7月12日、国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は、南シナ海に関する中国の領有権主張を退ける判決を下した。アメリカは昨年10月、原子力空母ロナルド・レーガンを横須賀基地に派遣し、南シナ海の人工島の領海内(12カイリ=約22km内)で“巡視活動”を行う「航行の自由作戦」を始めているが、国際法上の大義名分を得たことで今後は益々“不法占拠者”への接近威圧行動を加速させるだろう。対する中国側も対決姿勢を崩さす、つい最近、戦闘機・爆撃機・対艦ミサイルなどを人工島に配備した。

このように同海域は今や世界でもっとも危険な大戦の発火点と化した。なんでこんなことになってしまったのか? 私は民主党政権時代の対中外交に多大な責任があると考える。ただし、当時野党だった自民党の大物政治家も共犯だ。彼らこそが、中国をとんでもなく増長させてしまった張本人なのだ。

二つの衝突事件と日本側の宥和政策

近年、海洋へと支配権を広げる中国の対外膨張政策により、日中間に二つの衝突事件が起こったことをご記憶だろうか。

第一に、2010年9月の「尖閣諸島中国漁船衝突事件」だ。中国軍が関与している民間漁船が尖閣諸島の領海を侵犯し、海上保安庁の巡視船に体当たりをかました事件だ。当時は菅直人総理で、官房長官は仙谷由人氏。どういう政治的裏取引があったのか知る由もないが、船長は処分保留で釈放になった。ろくな抗議もせず、なぜか事件のビデオも非公開。中国側は「日本が違法行為をした」などと嘯く始末だ。これに怒った海上保安官が映像をユーチューブに公開し、機密漏えいとして解雇される結末となった。

第二に、2012年9月の「官製反日暴動事件」だ。この直前に中国人活動家による領海侵犯・尖閣諸島上陸事件があり、これに対して当時石原都知事が都有地にする動きを見せると、野田政権は同諸島を民間から購入して国有化する閣議決定をした。これに猛反発した中国側は国民を焚き付け、空前の反日暴動を使嗾した。中国各地でデモはおろか、日系企業・工場・小売店に対する略奪・襲撃・放火が相次いだ。この狂気の行為に対して、民間は投資や観光の自粛を始めたが、政府としてはまたもや中国側が「痛み」を感じるような制裁を取らなかった。

いや、それどころではなかった。なんと野中広務氏が中国国営テレビに登場し、「中国の皆さんに大変申し訳ない。心からお詫びを申し上げる次第です」などと懺悔し、「尖閣諸島の国有化が不法であり、関係亀裂の責任が日本側にある」という中国側の居直りを認める真似をしたのだ。私はこれを見て「後々大変な禍根を残すことになる」と直感し、2012年9月29日の投稿でこう警告した(リンクは転載先)。

(前略)自己陶酔的な善意が、どれだけはた迷惑か、アジア全体に悪影響を及ぼすのか、野中氏には想像できないのだ。たとえば、同時進行の南沙諸島の問題はどうなるのか。強盗にお墨付きを与えたことで、中国はさらに周辺諸国に対して横暴に振舞うだろう。(略)彼の行為は、結果的に悪を利し、同胞を危険にさらし、アジア地域での紛争を激化させるものだ。

続いて、加藤紘一氏や河野洋平氏も訪中し、政治家として現地邦人の受けた大損害に対する抗議や補償要求をするどころか、日中友好を“確認”して帰って来た。私はやはり同じ記事で「これは確実に中国側の増長と軽侮を招くだろう」と警告した。

そして中国は南シナ海で攻勢に転じた

中国人の常識ではとても理解できないに違いない。日本の領海を侵犯し、日本を公式に悪罵し、反日暴動を使嗾し、レアメタルの輸出を禁止し、日本人を人質同然に不当拘束しても、日本側は何ら痛みを伴うような反撃措置を取ってこない。通常、他人が自宅に侵入して来たら、どんな家族でも一致団結するものだが、なぜか日本側の国論も分裂する。

当事者の日本が弱腰である以上、当然、アメリカとしても強硬に出る理由がない。今にして思えば、この二つの出来事は日米の反応をうかがう中国側のアドバルーンでもあった。そして日米は彼らに誤ったシグナルを送ってしまった。

中国はこの日米の姿勢を確認してから、約8ヶ月後の2013年6月、南シナ海の岩礁の埋め立てを始めたのではないか。たぶん「軍事基地を作って南シナ海全域を併呑しても、どうせ日米は強硬な姿勢には出てこない。何もできないし、何もしてこない」とタカをくくったのだろう。これはミュンヘン会談後のヒトラーの思考そっくりだ。ズデーデン地方併合に対する宥和政策を受けて、ヒトラーは「どうせ英米は今回も何もしてこない」とタカをくくってポーランドに侵攻し、世界大戦を引き起こしたのである。当時の秘書の回顧では、イギリスが宣戦布告したと聞いて、ヒトラーは唖然として沈黙したという。

つまり、民主党政権時代の対中宥和外交は、ちょうどチェンバレンの轍を踏む過ちだったのだ。いや、なぜか相手に謝罪してしまう大物政治家まで現れる始末だから、それ以下の、もはや世界外交史における珍事と呼べるかもしれない。現在の自民党安倍政権は実質的に2013年スタートだが、当時の「置き土産」が時限爆弾となって今、炸裂中だ。日本以上にベトナムとフィリピンが大迷惑し、周辺地域の軍拡にも繋がっている。

今、朝日新聞や孫崎享氏までが中国批判に転じているが、ちょっと待ってほしい、その前に当時真に戦争抑止と周辺地域の平和に繋がったのはどんな外交だったのか、中国の悪心を増長させて結果的に世界大戦の火種を作ったのは誰なのか、ちゃんと総括してほしい。

フリーランスライター・山田高明
個人ブログ「フリー座」


※編集部より;写真はWikipediaから引用(「宥和外交」のミュンヘン会談の模様。左からチェンバレン、 ダラディエ、ヒトラー、ムッソリーニ)