「京都市〇〇〇売ります(前)」では、
1. 京都市が京都市美術館の命名権を販売すること。
2. それが入札ではなく、金額は二の次であること。
3. 前例同様、市長をはじめトップセールスが可能であるようだ、ということ。
4. 最終的に判断するのは委員会ではなく、市長をはじめ京都市だということ。
を説明したのだが、ここで研究である。もしかすると今後京都市長を目指す人も、この記事を読んでおられるかもしれない。ケーススタディーとして、上記のような4条件の場合においては、「この企業が応募してくれれば、あなたにとってあとあとが好都合」という例を二つ紹介したい。ぜひとも参考にしていただければと思う。
なお見出しは、ケーススタディーの想定上のこととして、命名権売却後の仮の名称を使っている。
(「京都市美術館」は当初、昭和天皇ご即位ゆかりの「大礼記念京都美術館」であった。上はその来歴を示す銘板)
・想定その1 京都市JR東海美術館
現在京都市は、JR西日本とすこぶるよい関係を保っている。同社の京都の目玉である「京都交通博物館」、その今春のオープンに際しては、市長みずから率先して宣伝役を勤めた。
このJR西の立場に対して、同じ鉄道でも、阪急、JR東海と京都市とは、そういう良好な関係にあるようにはとても見えない。とくにJR西と対峙する阪急に対しては、中心部の不動産開発について、京都市がダイレクトに要望書を送りつける例さえある。
また「京都商工会議所」の「観光・運輸部会」、「京都市観光協会」ともなると、人事においてもJR西の優位が通例だ。そんな事情もあって、観光において奈良に南進気味のJR東海も、やはり京都の市内の文化施設に橋頭堡を作りたいのではあるまいか。
また京都市、京都府、会議所にとって、(なにをいまさらだが)リニアの京都誘致は市是であり府是であり所是となってしまっている。JR東海の引き入れに成功すると、(リニアが本当に来るかどうかは別としても)与党の支持は暫時高まる。市議会は与野党総じて美術館の命名権には反対しているが、その議会対策に極めて有効である。
けれども現在、そのJR東海と、京都市京都府とのリニアのパイプは、ほぼ閉止状態。かつてはJR東海の初代社長であった須田寛氏との接点もあったのだが、ある時ひどく怒らせてしまった。しかしである、須田氏は京都市出身であるだけでなく、画家須田国太郎氏の子息であって、(現在の名称)京都市美術館はその須田国太郎の優品を多く有している。現に4年前には須田国太郎の回顧展もここで行っている。話のいい接ぎ穂はあるのだ。
JR東海が本気になれば、50億は安いものであろう。もしこの企業が本命であるのであれば、予定価格を、倍の100億ほどにしておいた方が無難かもしれない。他社参入の阻害のためである。ただ問題は、JR東海がリニア蒸し返しを嫌った場合であろうか。
これは相手次第の案件ではある。しかしもしあなたが市長の立場にあるとすれば、アプローチするだけの値打ちは十分にある。
もっともJR東海は、近日取沙汰されている、二条城の天守復元計画の方に関心があるかもしれない。その命名権とともに、優先利用権も併せて獲得できれば、その方がJR東海にとっては申し分なしであろう。
・想定その2 京都市オムロンミュージアム
現在3期目の京都市長は、政党人からの支持が強いとはいえない。伊吹文明衆議院議員は2016年年初の市長選挙でのこと、街頭での応援演説の際、市長である候補者の隣に立って
「いまの市長は、もっと市民の意見を聞かなくてはいけません。しかし対立候補が当選してよいものでしょうか」
といった風に話をはじめるといったありさまである。しかし京都商工会議所幹部は、現市長の応援には熱心だ。ばらばらになりがちな与党の結着剤のようなところがある。いずれの都市であってもそうだろうが、商工会議所の影響力は侮れない。その京都商工会議所の現会頭が立石義雄氏。
立石会頭は、オムロン(元は立石電機)の第二世代。創業者の子息である。同じ電機関係といってもオムロンは、京都会館の命名権を購入したロームの倍の規模はある会社である。
京都では、ほどほどの会社でも、画家を援助応援したりするところはある。だが、会社の大きさの割りには、オムロンからはそのような話はあまり聞えてこない。しかしここで美術館に50億出すとなると、状況は一気に改善される。募集するあなたにとっては「売り手よし」、オムロンにとっては「買い手よし」であるはずだ。
ただこのケースで想定される難点は、オムロンがこの50億に価値を見出してくれるかどうかだ。もっとも「京都会館・ローム」の場合のように、今回も内々で商談が可能な状況が確保できているのであれば、打診や勧誘や応募要項の調整は、いたって楽なはずであろう。
けれどもオムロンが一旦に応募するとなれば、むしろ「ロームが京都会館に50億だったのに、我が社も同額の50億でよいのか」ということになるだろう。そこはすこしは色をつけて60億でどうだろう。しかしそれだけでもまださびしいので、要項にもあらかじめ書かれていたように「50年内」の「内」を活用し、期間を短縮して30年。1年あたりでは2億ということにしておいて、年間あたりの単価はロームの倍。このあたりで手を打てれば、会社の体面も保てて上首尾であろう。
やや膨らんだ支払いに関しては、これも都合よく募集要項4の(3)にあるように
(支払いは、平成29年度末までの一括納付を希望しますが、リニューアルオープンまでの間での分割納付を希望される場合は別途協議します。)
を適用すればよろしい。
ただ、オムロンのカタカナが名称をゴツゴツとさせるかもしれない。よく知られていることだが、このオムロンというのは、京都の地名、御室(おむろ)から採ってきたものではある。しかしここは創業家の名前をもらって
京都市 立石美術館
でどうだろう(「京都市立 石 美術館」ではない。念のため)。字面はそれなりに落ち着いている。京セラと稲盛財団との関係のように、オムロン側も立石財団を設立して(既存の法人があればそれを活用して)、地域貢献、文化貢献も併せて唱えば、募集要項の「配点表」に落し込んで、ハイスコアはむろん、オムロンは満点だって射程圏だ。
(募集要項より「総合審査」とその配点表)
もっともオムロンは、計画策定が進行中の京都市役所の本館改修、新館増設の方の命名権とシステム導入にむしろ興味があるかもしれない。そちらの方がはるかに実利になるからである。
・・・(以上でケーススタディーは終り)・・・
しかしこうやって2社を検討してみたわけだが、今般の「京都市美術館」の命名権販売の募集要項というものは、表向きは淡彩に見えていながら、これまでの京都市の色々な来歴というか、伏線というか、かなりの着色がある。とくに「配点表」からは、知恵でもって練り上げられたような物語が感じられるのが不思議だ。
さて、本日9月30日が、(この記事の想定の方ではなくて)本物の方の応募締切であった。実際には、どのような企業がどういった内容で応募したのであろう。
2016/09/30 若井 朝彦