【映画評】永い言い訳

渡 まち子

永い言い訳 (文春文庫)
永い言い訳 (文春文庫) [文庫]
人気小説家の津村啓こと衣笠幸夫は、長年連れ添った妻の夏子が旅先で突然のバス事故に遭い、亡くなったとの知らせを受ける。だが夫婦の間にすでに愛情はなく、心からの悲しみを感じられないばかりか、妻が亡くなった時、自宅で愛人と密会中だった幸夫は、罪悪感を抱えながら、悲劇の遺族を演じるしかなかった。そんなある日、幸夫は、夏子の親友で旅行中の事故で共に命を落としたゆきの夫・大宮陽一に出会う。長距離トラック運転手の陽一には、最愛の母を失った幼い兄妹の子供2人がいた。幸夫は、思いつきから、大宮の家に通い、子供たちの面倒を見ることになる…。

妻の死を悲しめない男の贖罪と再生を描くヒューマン・ドラマ「永い言い訳」。原作は、監督の西川美和が自ら書き下ろし、直木賞候補となった小説だ。妻の死を悲しめない夫・幸夫を中心に、取り残されて立ち尽くす男や最愛の母の死で遠慮やわだかまりから感情を素直に出せない子供など、登場人物の誰もが屈折した本音を隠し持っている。特に幸夫は妻が死んだまさにその時、自宅で愛人と情事にふけっていたことを恥じているが、その償い方がわからず途方にくれている。何しろ夫の不倫を責める妻はすでにいないのだ。自分は永遠に許されないのだろうかという思いを抱えた彼の心を癒したのは、妻の友人で命を落とした女性の子供たちを世話することだ。誰かのために生き、誰かから必要とされている実感は、おそらく子供のいない幸夫には初めての感触で、自分は生きていてもいいのだ思えてホッとしたに違いない。日々状況が変わる子供との緊張感のある毎日は、いつしか幸夫自身をみつめる時間へと変わっていく。特に印象的なのは、自転車で急な坂道を懸命に登る場面だ。何とかして人生をのりきろうともがく幸夫自身の心象風景に重なり、必死すぎてどこか滑稽な、絶妙なシーンである。

野球の名選手と同姓同名(字は違うが)であることにずっとコンプレックスを持ち、人気のタレント小説家としての自意識から抜け切れず、完璧な妻に身勝手な居心地の悪さを覚え、不倫のあげくに妻の死を悲しむフリをする男。こんなダメ人間を「おくりびと」以来7年ぶりの映画主演となる本木雅弘が、魅力的に演じている。西川美和監督は、これまでもずっと人間の心の闇やわだかまりを冷徹な視点から描いてきたが、本作では、秘密や嘘、本音を隠しながらも懸命に生きようとする人間を、決して責めることはない。人は時に愚かで間違えることもあるが、それでも人生は続いていき、そのことに向き合ったものには、贖罪や忘却が許される。作り手の鋭くも優しいまなざしを感じる秀作だ。
【80点】
(原題「永い言い訳」)
(日本/西川美和監督/本木雅弘、竹原ピストル、藤田健心、他)
(本音度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年10月14日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。