スマートテレビから5年、民放はいま

中村 伊知哉

民放連ネットデジタル研究会。民放のキー局・ローカル局が参加し、ネット・デジタル対応を練る場です。ぼくが座長を務め、これまで5年間続けてきました。

5年目の報告をまとめるに当たり巻頭言をしたためたので、貼っておきます。自分のブログでなら「スマホファースト、オールIP、IoT放送」などと断言しますが、これは放送局の幹部向けのものなので、マイルドにしてあります。

でも5年前ならここまで書けませんでした。状況が変わったことを実感しています。


スマートテレビ、スマート放送がクローズアップされて5年になる。本プロジェクトが発足して5年を経過したということだ。

当初、グーグルTVやアップルTVなどの動きは、「ITからテレビへ」の接近だった。米IT企業がテレビ受像機をネットに取り込む。だから放送業界は黒船とばかり身構えた。

その後、セカンドスクリーンという日本型のスマートテレビの姿が注目された。これは「ITとテレビ」の両立作戦。テレビ受像機とIT=スマホというダブルスクリーンでのサービスが期待された。

状況は次の段階に移行した。昨年の報告書では、複数の局が無料での人気番組を配信し始めたこと、NHK「ハイブリッドキャスト」や「マルチスクリーン型放送研究会」など放送・通信連携型の新しいサービスが立ち上がったことを話題にした。

そして今年の報告は、これら放送局が自らのビジョンに立って多様な路線を取り始めたことを示している。民放公式テレビポータル「TVer」のスタート、ソーシャルサービスとの連動、ライブ配信、プラットフォームへのコンテンツ提供、Vlowマルチメディア放送や「モアテレビ」の始動など、各社それぞれの意思により、さまざまな戦略を繰り出している。ぜひ、そのワクワクする展開を読み取り、共有していただきたい。

折しも局面はまたも動いている。グーグルやアップルに代わって、ネットフリックスやアマゾンがサービス上陸し、国内ではLINEやサイバーエージェントによる配信サービスも開始するなど、日米の新たなIT企業が映像配信に本格的に動き始めた。

通信会社も熱心である。ケータイ3社ともにスマートテレビ対応を進めている。有線の映像ビジネス分野では、NTTぷららの「ひかりTV」のように4Kビデオの提供で先行して存在感を示すものもある。

これらに対し、放送局はコンテンツ提供の形で提携を結んだり、huluのように自らプラットフォーム運営をしたりするものもある。かつてのような受け身ではない。総じて言えば、「テレビからITへ」の展開、「放送からITへ」の攻めとも言えよう。放送局がITを使いこなす意思が明確となってきた。

だが、ここで2点、注意を要することがある。

まず、この局面は、「テレビ」を問い直すものであるという点だ。マルチスクリーンは、テレビ、PC、モバイルの垣根をなくす。テレビが第一スクリーンでモバイルが第二、といった序列は崩れ、若い世代ではモバイル=スマホが第一スクリーンの位置を占めつつある。そしてサービスは急速にボーダレス化している。それは「端末フリー」を促す。どの国のどの種類の端末でも簡単に使えるサービスが生き残る。

それは、どんなスマホでも世界のテレビが見られることを求める。放送局からみれば、テレビがネットで全てのスマホに流れることが促される。2020年の東京五輪では、世界中の旅行者が自分のスマホで、wifiや5Gで日本のテレビを観る環境になっているかもしれない。

それは放送の受信機がないスマホやタブレットでも、そしてネットでつながった世界どのエリアでも視聴できるようになることを意味する。いわゆる「オールIP」も視野に入ってくる。こうした近未来に備える時期が来た、ということだ。

もう1点は、スマートの次の世界、「脱スマート」とでも呼ぶべき段階が現れたことだ。

マルチスクリーン、クラウドネットワーク、ソーシャルサービスからなるスマート化の次に現れるのは、1)「ウェアラブルコンピューティング」、2)「IoT(Internet of Things)ーユビキタスネットワーク」、3)「インテリジェントー人工知能AI」に代表される環境、いわば「IoT時代」とでも総称すべき状況である。

身につけるデバイス、モノとモノがつながるネットワーク、自律的で賢いソフトウェア。この環境の中で、テレビは、ラジオは、放送は、どういうポジションを取るのか。まだ実像が定まらない空想の領域であるが、通信・放送の融合がそうであったように、5年、10年もたてば、あいまいな流行り言葉が事業の根幹を揺るがす大波になっているかもしれない。その行方を展望しておく時期であろう。

本報告ではまだそこに踏み込んだレポートはない。日本は通信・放送の融合にも、スマートテレビにも出遅れた。国際ビジネスでも苦労している。しかし、と言うか、だから、と言うか、次に来る波には、しかと備えておきたい。

この5年にわたる研究は、各社がそれぞれの路線に踏み出すさまを描き出し、スマート放送を総括する段階であることを示している。と同時に、その次のステージが始まることを予期させ、新たな研究を求めている。その期待感と危機感が共有できれば幸いである。
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なお、この報告書は世間には流通しないので、その内容をかいつまんでおきます。

菊池尚人慶應義塾大学特任准教授が「4(K)☓5(G)=2020」という論考を寄せています。4KはひかりTVが先行し、LTEは5Gに移行し、2020年を迎える。通信の伝送路が高度化して放送を主導する、ということです。

この20年間の放送は「通信」技術が引っ張ってきました。放送業界にはそれを無視するむきもありますが、今後もそれが原動力になるということを強く認識し、それを積極的に消化する必要があります。

そして各局が多様なサービスを報告しています。
TBSは世界陸上・北京大会やレコード大賞のライブ番組で、フェイスブック、ツイッター、LINE LIVEなどとのソーシャル連動を展開。

NTVはライブのネット配信で、24時間連続4chによる生配信やhuluでのリアルタイム配信を実施。

テレ朝は、サイバーエージェントとのストリーミング+VOD:AbemaTVや、KDDIとのSVOD:ビデオパス、そしてTVerによる多面展開。

フジテレビは、ネットフリックスやhuluへのコンテンツ提供、24時間ライブのニュースメディア「ホウドウキョク」の開設。

テレ東は柔道グランドスラムのスポーツ中継で、7台のカメラによるマルチアングル配信、YouTubeとニコ動でのライブ配信、Yahoo!でのダイジェスト配信を実施。

TFMはTOKYO FM+と、VLowマルチメディア放送idioの開局。

MBSはマルチスクリーン型放送Sync Castからwifiによる「モアテレビ」への展開。

戦略がバラついてきましたよね。さて、来年はどんな報告ができるか。お楽しみに。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年10月24日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像はSONY TV)。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。