ファウルボールの代わりに地獄をつかんだ男。彼への贖罪は叶うか

鈴木 友也

日米ともに野球シーズンが大詰めを迎えています。

日本では広島カープが25年ぶりに日本シリーズ進出を決め、32年ぶりの日本一を目指して日本ハムファイターズと対戦しています。一方、MLBでは、シカゴ・カブスが71年ぶりにワールドシリーズ進出を決め、何と108年ぶり!の優勝を目指してクリーブランド・インディアンズとの対戦を決めています。

優勝から1世紀以上も遠のいているファンからしてみれば、WS進出にかける思いはいかほどのものなんでしょうか。そして、このWS進出を機に、ある男性の免罪がなされるか注目されています。

スティーブ・バートマン(Steve Bartman)

カブスファンなら、この名前を聞いたとたん複雑な思いが去来する、忘れることができない名前でしょう。

“事件”は2003年のNLCSに遡ります。3勝2敗でマーリンズをリードし、リーグ優勝まであと1勝に迫ったカブスは地元シカゴで第6戦に臨みます。3対0で迎えた8回表1アウト2塁、WS進出まであとアウト5つでした。打席に入ったルイス・カスティーヨの打ち上げたレフトのファウルフライを左翼手のモイゼス・アルーが猛然と捕球しに行った際、ポール際に座っていたあるカブスファンがアルーよりタッチの差で先にボールに触ってしまったのです。この事件で流れが変わってしまったカブスは、その後8点の大量失点で敗れ、翌日も連敗してWS進出の望みは絶たれました。

今日ほどソーシャルメディアが普及していなかった当時、球場内のファンは何が起こったのか分からなかったそうですが、テレビを見ていたカブスファンがバートマンを戦犯扱いし、その素性を暴露。実家には度々嫌がらせが行われ、とうとうバートマンはシカゴに住むことができなくなりました。

事態はさらにエスカレートし、彼のお陰でWS進出を果たしたマーリンズの地元フロリダからは、バートマン宛てにフロリダへのバケーションや移住プランのプレゼントが提供されたり(もちろん、広告効果を狙ったもの)、テレビCMのオファーも届くなど、一躍“時の人”になってしまいました。バートマンはCMのオファーを全て断り、バケーションプランなどは商品券にしてもらい、それを寄付したそうです。

その後、件のファウルボールが競売にかけられ、10万ドル以上の値段でレストランオーナーが落札。その後、レストランで“呪いのボール”の爆破イベントなども行われました。ここまで来ると、ちょっと常軌を逸していますね。今では、彼が座っていたレフトポール際の席は観光名所になっているそうです。

ESPNもドキュメンタリー「Catching Hell」(地獄をつかんだ男)というタイトルでドキュメンタリーを制作しています。僕もオンエアを見ましたが、丹念な取材に基づいたストーリー展開は迫力があり、ファウルボールの代わりに地獄をつかんでしまった男のターニングポイントが克明に明かされていきます。ファンの熱狂が方向性を間違うと一人の人間をここまで追い詰め、その人生をこうも狂わせてしまうのかと怖くなったのを覚えています(以下で視聴できます)。

さて、晴れて71年ぶりにWS進出を決め、有名な“ビリーコート(ヤギ)の呪い”とともにこの“バートマンの呪い”を解いたカブスですが、さすがにファンも行き過ぎを認め、贖罪の場を設けようという雰囲気になっているようです。WSは明日からクリーブランドで開催されますが、シカゴでの初戦となる第3戦でバートマンを始球式に招くというプランがあるようです。実際、これを彼が受けるかどうか。勝利は彼のトラウマを癒すことができるでしょうか。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2016年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。