治まる御代のお目こぼし --- 天野 信夫

副校長の研修会で、講師でやってきた教育長がこう質問しました。「副校長の一番大事な仕事は何だか知っているか?」。続けて彼はこう答えを言いました。「目配り、気配り、金配りだよ」。

教育長としては多少の笑いをとるつもりだったのかもしれませんが、今だったら完全に「アウト」でしょう。学校が自由に使えるお金をいかにこしらえるかは、副校長の手腕の一つだという認識があった時代の話です。今では地域の慶弔にわずかばかりのお金を包むにも厳しい制約があり、包もうにも学校にはお金がありません。

修学旅行を引率する教員はとても大変です。夜の張り番や巡回でほとんど眠れません。3時間も眠れればよい方でしょう。教員の本部の部屋には夜食やビールが運ばれた時代もありましたが、今ではアルコールは厳禁です。飲んだらいざという時に対応ができないこともありますが、何よりそれを許さない社会の変化がありました。大きな学校行事の後の反省会と称する打ち上げも、校内ではアルコールは今では認められません。飲食を伴う反省会自体も校内ではないでしょう。教員の飲酒運転に対する処分も、事故の有無に関わらず原則懲戒免職になりました。

生徒の非行を注意したら、「おめーはうぜーんだよ、ばーか」。これに頭に来ない教師はまずいません。でもうっかり生徒の胸ぐらを掴めば、保護者は学校に怒鳴り込み、訴えて裁判を起こします。「体罰だ、指導力の欠如だ」と、その教師には吊し上げと処分が待っています。

手が出せないのをいいことに、非行生徒はますます教師を馬鹿にし、挑発するようになりました。本気で生徒に正対する教師には厳しい時代となりました。

裏金も飲酒も体罰も良いこととは言えません。中には悪質な事例も確かにありますので、一律禁止は止むを得ません。

ただ、世の中清潔で安全になったと言えばそうかもしれませんが、その代わりみんなが袋叩きを怖れ、自己防衛や保身に走り汲々とするような時代になりました。学校の例を挙げましたが、他の社会でも同様だろうと想像しています。

まな板に乗せれば確かに悪いことでしょうが、多少のことならお目こぼしや苦笑いで済ませられる社会、その方がお互いに暮らし易くなりますが、その「ゆとり」はもう無理でしょうね。「ゆとり」なんて言った途端、どこからか石つぶてが飛んできそうです。くわばら、くわばら。

天野 信夫 無職(元中学教師)