相手への配慮と笑顔を取り戻そう

この忙しい時世、なんでそんな小さなテーマを書くのかといわれれば、確かに細やかなことだが、時にはそれが紛争やいがみ合いを回避する上で、大きな役割を果たすと考えているからだ。今回のテーマは「ちょっとした配慮と笑顔」だ。

▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場風景(2016年11月12日、撮影)

▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場風景(2016年11月12日、撮影)

多く語れば、失言や誤解されやすい発言をする機会が増える。文字通り、「口は災いの元」だ。次期米大統領に選出されたドナルド・トランプ氏の選挙戦を思い出すまでもない。南米出身のローマ法王フランシスコも例外ではない。語りの名手でも常に失言の危機に瀕している。

例を挙げる。ローマ法王フランシスコは昨年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と述べ、無責任に子供を産むことに警告を発した。

機内の記者会見でローマ法王が「うさぎのように……」と語ったことが伝わると、「大家族の信者たちの心情を傷つける」といった批判だけではなく、養兎業者からも苦情が飛び出してきたことはまだ記憶に新しい。
南米出身らしく、おおらかで陽気なフランシスコ法王は心で思ったことをすぐに口に出し、笑顔を振舞う。悪意はないが、時にはこのような失言が飛び出すわけだ。

その法王がイタリア中部地震の被災者に伝達したコメントをバチカン放送で読んだ時、少々驚いた。
フランシスコ法王は4日、イタリア中部のノルチャの Renato Boccardo 大司教に早速電話を入れ、地震の犠牲者への励ましの言葉を依頼している。ノルチャでは多くの住民が地震で家を失っている。同大司教は住民の不安と懸念を法王に報告。それに対しローマ法王は「楽天的に考え、希望を失わないように住民を鼓舞してほしい。もちろん、建物は大切だ。実際、非常に大切だが、もっと大切なものがあることを思い出してほしいと伝えてほしい」と語っているのだ。

当方はそれを読んで思わず笑ってしまった。「建物は重要だ。本当に重要だが、……」という部分だ。昔の法王ならば、「建物が崩壊しても大丈夫だ。神への信頼の方がもっと大切だ」と言っていたかもしれない。しかし、法王は「建物は重要だ。本当に重要だが……」と、重要という言葉を繰り返すことで、住居(建物)を失って絶望している被災者の心を傷つけないように配慮していることが分かる。そのうえで、法王が伝えたかった「建物より重要な……」という部分に入るわけだ。ほんのちょっとしたことだが、法王の配慮というべきか、過去の失言から学んだ結果というべきかもしれない。

もう一つの例だ。発言ではないが、ちょっとした相手側への配慮の実例だ。英国シングソングライター、ジェイク・バグとコンサート前にインタビューした時だ。舞台裏で会見したが、会見中も人の行き来がある。バグは話をストップして静かになるのを待っていた。こちらの録音が周囲の騒音で聞こえなくなるのを避けていたわけだ。22歳の青年の配慮に少し驚いた。

バグの話だが、彼はほとんど笑わない。米国ツアーに行く前、マネージャーから「米国人は笑うのが好きだ」といわれ、コンサートでも笑顔を見せるようにと注文をつけられたという。バグは舞台ではファンに媚びない。歌い終わると、さっと舞台から出ていく。そのバグが当方との会見中、笑顔を数回見せてくれた。ひょっとしたら、これも異国のジャーナリストへの配慮だったのかもしれない。

実際、笑顔は相手を喜ばし、ホッとさせる。地下鉄の乗り降りでぶっつかった時、笑顔を見せると、相手側も笑顔で返してくれるケースが多い。ちょっとした配慮、そして笑顔を日々の生活で実践したいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。