すみません、今さらの話で。
理由は、「政府がバターの需給予測を誤ったから」で終わりです。
バターの輸入は政府が管理していて、足りない分は輸入する制度になっているんだから、国内でバター不足が起こるということは、輸入量が足りなかったってことです。それ以上の理由はありません。
何で今さらこの話をするかといえば、今ごろとあるテレビ東京の番組を見たからです。
それで、ちょっとこの番組の内容を補足した方がいいかな、と思って。
私が一番世間で誤解されていると感じることなんですけど、牛乳は別に農協を通して売らないといけないというきまりは無いんです。単に、農協を通さないと補助金を受けられない、というだけで。自由に売り買いすることに何の制約もない。
そして、その補助金というのは飲用乳向けには無い。加工乳向けだけ。だから、全量飲用にすれば、最初から貰う補助金なんて無いんです。
しかも、乳価は用途ごとに決まっていて、飲用が一番高いんですよ。ってことは、全量飲用にすれば、補助金を貰う必要もなく乳価は高いし自由に売り買いできるしで、いいことづくめじゃないですか。
じゃあ何故それをしないのか。農協が怖いから?それだけじゃないでしょ。それだけじゃないんです。
牛乳の消費量は夏に増えるんだけど、乳牛の生産量は夏場は落ちるんですよ。だから夏場に合わせて牛の頭数を揃えると、冬場には牛乳が余る。余った牛乳はどうしましょう?搾らない?捨てる?
飲用の牛乳は日もちしないけど、バターなら日もちがする。だから、余る季節には沢山バターを作って、需給調整をします。
農協を通さない組織を業界では「アウトサイダー」と言います。アウトサイダーになれば補助金を受けられませんが、飲用乳の割合を高めれば、農家の買取乳価は高くできます。ってんで、飲用比率の高い買取業者が、「うちは農家から高く牛乳を買います」って商売ができますよね。番組で採り上げられていたMMJがそういう会社かどうかは、知りません。
例えばの話ですけど、こういう買取業者が牛乳が余ったからと言って、「うちの牛乳をバターにしてくれませんか?」って工場を回ったら、引き受けてくれると思いますか?「いい所取りをしている会社が、何を言う」って断るのが普通じゃないですかね?私なら断りますよ。「バター工場も自前で作れ」って言いたくなりません?
ホクレンが北海道全農協で一律の買取乳価を設定している、ってのも、それなりに理由があるんですよ。
例えば浜中町の農家が、「うちの牛乳はタカナシ乳業が買ってくれていて、色々うるさい指示にも従っていて、その分質の高い牛乳を出荷しているんだ。だから、他の農協より高い値段で買ってくれよ」と言いたくなる気持ちはわかります。
でもね、例えばM社というアウトサイダーの買取業者が浜中町にバター工場を作ったとしますよ。それで、M社は全国で牛乳の取引をしていて、全国的に牛乳が余ってきたとしますよね。季節要因とかで。そうしたら、バターを作る量を増やすことになる。当然、本州の牛乳を北海道に持ってきてバターにするのは輸送費の無駄だから、浜中町で生産された牛乳からバターにしますよ。その時に、「浜中町の牛乳はバターになっているので、浜中町からの買取価格は安くします」って言ったらどう思います?「M社は全国一律の買取価格にすべきだ」って言い出しませんか?
あれ?
番組の中で、「バターが足りないのに、ホクレンは単価の高い飲用乳を減らしてバター用に回さないのはけしからん」みたいなことを言っていたけど、そりゃ農協は農家のための組織なんだからね。バターが足りないって消費者が困ろうが、それは政府がバターの輸入量を適切にできなかったから悪いんであって、ホクレンが悪い訳じゃない。農家の手取りを減らすことにつながる、飲用向けを減らしてバター用に向ける、なんてことをしちゃいかんと私は思うんですけど。
あと、農家が農協を通さずに別の業者に売るのなら、農協からの借金を全部返せと言われたことに対して、理由がないとか言ってましたけど。理由はあるんですよ。私が組合長に代わって説明してあげれば良かった(苦笑)。
銀行の融資って、取引先も大事な条件なんです。物を作ったのはいいけど、売る所がなければ、借金返してもらえませんからね。売った先が潰れても同様。売掛金が何千万円も焦げ付いたら、どうします?生乳の販売額なら、数千万円の売掛金は、すぐにたまりますよ。
例えばね、今の話で、「じゃ農協からの借金を銀行に切り替えます」って言って、銀行を回ればいいんですよ。私が相談を受けた銀行員なら、「農協に売るんなら貸します」って答えますね。だって、M社なんていつ潰れるかわからないですから。申し訳ないけど。M社が潰れた時に、他に売り先が見つかる保証もないですし。えっ、そうなれば農協に売ればいい、って?農協なら買ってくれるはずだって?それって虫が良すぎません?
あの番組には多少解説が必要だと思ったので、この文章を書きました。
前田 陽次郎
長崎総合科学大学非常勤講師