エメラルドグリーンの眼差しと白銀色の髪は、平和の象徴でもあるハトを彷彿とさせる。その人とは、米連邦準備制度理事会(FRB)を率いるジャネット・イエレン議長。そのイメージにふさわしく、料理が趣味だといいます。
柔らかな物腰とは裏腹に、イエレン議長は12月13〜14日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)でトランプ次期大統領との全面戦争すら辞さない強硬な態度を見せつけました。
25bpの利上げや声明文での景況判断引き上げこそ、想定の範囲内でしたよね。しかし、2017年のFF金利予想の中央値を上げ利上げ回数を2回から3回へ修正してくると誰が予想したでしょう。
誰がFF金利見通しを上方修正したのか。
こちらのチャートをご覧頂いて、気づかれた方も多いでしょう。
そうなんです。1人を除き、タカ派は利上げ予想を下方修正していることが見て取れます。2017年のFF予想金利を引き上げを演出したのは、ハト派なんですよね。ハト派寄りのイエレンFRB議長も、その一人ではないとも限りません。
筆者はこれを、トランプ新政権に対するハト派の宣戦布告と解釈したい。
イエレンFRB議長は、米大統領選後まもなくトランプ氏の経済政策の影響を評価するのは「時期尚早」と発言したばかり。他の面々も同じです。舌の根も乾かぬ内に、2017年のFF金利見通し上方修正をめぐり「数人の参加者が財政政策の変化を見通しに取り入れた」と明かしましたが、2014年3月にやってしまった「6ヵ月発言」のようなウッカリではなく確信犯でしょう。
確かに2017年FF金利予想・中央値の変更につき「非常に小幅」なものと強調し、バランスシートの縮小は先の話とも説明しています。しかし、イエレンFRB議長は「労働市場のたるみが減退していると判断しており、どう見ても最大雇用を支援する上で刺激策は必要ない」と断じ、新政権に強烈な牽制球を放ちました。完全雇用がそこまできているなかで、財政出動で物価が上振れすれば利上げペースを加速するという事実上の宣戦布告と読み取れます。
一方でトランプ次期大統領と言えば、最近でこそ矛先を収めてきたとはいえイエレンFRB議長率いるFedの低金利政策を執拗に口撃してきました。Fedの監督強化にも、言及。さらに、イエレンFRB議長にはクビの可能性すらちらつかせたものです。
そのトランプ氏は4%台もかくやという、”長期停滞(secular stagnation、トランプ勝利ですっかり聞かなくなりました)”時代にはまばゆいばかりの壮大な成長シナリオを掲げます。10年間で1兆ドルのインフラ支出、法人税減税を含む税制改革がその柱。狙いは、”10年間で2,500万人の雇用創出”です。期待先行型トランプ・ラリーのドライバーに他なりません。
製造業の衰退に青息吐息のラストベルトなどを民主党のクリントン候補から奪取し米大統領の座を勝ち取ったトランプ氏には、利上げペース加速に伴う景気冷え込みは絶対に避けたいところ。イエレン議長率いるFRBは米大統領就任前からトランプ氏の泣き所を突いて、先手を打ったのではないでしょうか。イエレンFRB議長が敢えて”高圧経済”の風呂敷をたたんだのも、交渉を有利に導くための切り札だった可能性を残します。
イエレンFRB議長が任期を全うする意思を表明し、理事として留任する余地を残したことも注意しておきたい。トランプ氏は2人の理事を指名しFOMCへ送り込むことが可能ですが、新たに参入してくるであろうFRB理事を視野に入れて発言したとも考えられます。
こうした動きにイエレンFRB議長と同じくクリントン政権で要職に就き、FOMC内でハト派風を吹かせていたブレイナードFRB理事やタルーロFRB理事が追随したのではないでしょうか?両者はヒラリー候補の敗北で、政権入りする夢が途絶えていますよね。
タカ派のFOMC参加者の一角は、こうした動きに苦虫をかみつぶしているに違いありません。特にスティーブン・ムニューチン次期財務長官やゲイリー・コーン次期国家経済会議(NEC)議長と同じくゴールドマン・サックス出身のカプラン・ダラス連銀総裁は、足元でドル高に対し慎重な見解を寄せてきました。ダラス連銀と言えば全米で最大の輸出を誇るテキサス州を抱えるだけに、ベージュブックでひたすらドル高の弊害を報告していたことでも知られています。恐らく、カプラン総裁は2017年FF金利見通しを引き下げたでしょう。
ダラス連銀のカプラン総裁は、2017年の投票メンバーでもあります。
イエレン議長はFRBの独立性と安定的な物価を守る上で、新政権との“ディール”を目指す。今回のFOMCが、その布石と考えるのは、筆者だけでしょうか。
(カバー写真:Genny/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年12月15日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。