【映画評】アラビアの女王 愛と宿命の日々

渡 まち子

19世紀後半。イギリスの裕福な家庭に生まれ、オックスフォード大学を優秀な成績で卒業した貴族令嬢ガートルード・ベルは、イギリス上流社会の生活に息苦しさを感じ、テヘラン駐在大使である叔父がいるペルシャへと旅立つ。ガートルードはアラビアの砂漠に魅了され、探検家として、考古学者として、時に諜報活動も行うようになる。彼女は、2度の悲恋を経験しながらも、アラビアの和平を目指し活動を続ける。20世紀を迎え、時代の大きなうねりの中で、イラン建国を影で支えた彼女は、いつしか“砂漠の女王”と呼ばれるようになっていた…。

イラク建国の立役者となった英国人女性ガートルード・ベルの半生を描いた「アラビアの女王 愛と宿命の日々」。アラブの民を支援した英国人といえば“アラビアのロレンス”ことT.E.ロレンスが有名だが、彼よりも少し年上で、アラビアの地に情熱を注いだのが、英国人の貴族令嬢ガートルード・ベルだ。ロレンスに比べて知名度が低いこの女性は、自由な旅行者、探検家、冒険家、登山家、考古学者、詩人、作家、そしてアラビア語を解し部族や民族問題にも精通したアラビア通として諜報活動も行ったという、多面的な女性だ。劇中には若きロレンスも登場するが、本作はガートルードの政治的な側面は重視せず、砂漠に魅せられた女性の2度の悲恋が中心になっている。

イラク建国の母と言われながらも、現在までも続く中東紛争の原点という解釈もある人物を描くに当たって、メロドラマのような描き方でいいのか?!という意見もあるだろう。だが、ヴェルナー・ヘルツォーク監督が見据えたのは、政治や恋愛ではなく、人間の力を超えた、砂漠という大自然そのものの魅力だったに違いない。思えばヘルツォーク監督は、南米の秘境や険しい山岳、オーストラリアの大自然など、決して人間に“飼いならされない”圧倒的な自然を背景に多くの映画を作ってきた人だ。ヴィクトリア朝時代、上流社会から飛び出した貴族の令嬢ガートルード・ベルの生き様は破天荒そのもので、まさに砂漠に魅入られた人生だった。ヘルツォーク監督の作品で初となる女性主人公を演じるニコール・キッドマンのたたずまいが気高く美しい。そして彼女の美貌を上回るほど官能的な美しさを見せる砂漠の映像が、何よりも心に残る。
【60点】
(原題「QUEEN OF THE DESERT」)
(アメリカ、モロッコ/ヴェルナー・ヘルツォーク監督/ニコール・キッドマン、ジェームズ・フランコ、ロバート・パティンソン、他)
(歴史秘話度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年1月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。