安倍晋三首相が10日、トランプ新米大統領との首脳会談のために訪米した。安倍首相はフロリダ州パームビーチにあるトランプ氏の別荘ではゴルフなどをしながら日米問題などを話し合い、首脳間の心情交流を深めていくという。安倍首相は昨年、トランプ氏の当選直後の会見の際、ゴルフのドライバーをプレゼントしたという。トランプ氏と会談するためにプレゼントを用意するなどは日本的な発想かもしれない。欧州の首脳たちがワシントンで米大統領と会談するためにプレゼントを持参したとは聞いたことがない。多分、ちょっとした小品をプレゼント交換しているのだろうが、報道されないだけかもしれない。

300

▲シュピーゲル2月4日号の表紙

それにしても、この欄でも一度書いたが、欧州の指導者がトランプ氏との首脳会談を実現させるために腐心しているといった話は全く聞かない。英国のメイ首相が先月27日、世界の指導者の中で初めてトランプ氏とワシントンで首脳会談をした時も、他の欧州指導者から「ああ、先を越されてしまった!」といった類のジェラシーは全くといっていいほど聞かれなかった(トランプ氏は5月下旬、ブリュッセルで開催される北大西洋条約機構=NATO=首脳会談に参加予定)。

独週刊誌「シュピーゲル」は毎号、トランプ氏の動向をかなり詳細に報じているが、最新号(2月4日)ではトランプ氏のをことを「病的虚言者」と表現しているのを見て驚いた。政治信条の好き嫌いはいつの時代にもあるが、大国・米国の新大統領を「病的虚言者」と評することなどはこれまでなかったことだ。

当方は「米国はもはや自由な社会でない?」(2017年2月6日参考)というタイトルのコラムを書いた時、読者の一人が当方の見方が米国民の現実を正しく反映していないと丁寧に指摘した後、「どうかCNNを視ないで下さい」と訴えていた。

当方はCNNを余り視ない。米国内の事件や大きな政治イベントがある時以外はもっぱらドイツ語ニュース放送でフォローしている。ただし、読者の「CNNを視ないで」という指摘は理解できる。CNNはトランプ氏とクリントン氏の大統領選戦の報道では明らかに偏向していたからだ。CNN関係者はクリントン女史を支援し、トランプ氏の問題点を見つけては大きく報道していた。その報道姿勢は報道の客観性、中立性からは程遠いものがあった。トランプ氏を批判することが正しい報道、といった傲慢な報道姿勢は当方にも感じられたからだ。

欧州の主要メディアはCNNからニュースの配信を受けていることも多く、その論調はCNNに近いことも事実だ。トランプ氏の大統領就任に期待したり、歓迎する論調はほとんど聞かない。多くは懸念であり、困惑だ。これから米国はどうなるのか、といった思いが強い。対メキシコ国境の壁建設に関する大統領令が報じられると、その懸念は一層現実味を帯びてきたと受け取られた。7カ国のイスラム諸国の入国一時制限についても同様だ。イスラム系難民の殺到で苦労してきた欧州だが、米国が大胆な難民政策を実施すると批判的に諭評する、といった具合だ。

トランプ大統領は先月20日の就任演説で「アメリカ・ファースト」を2度叫び、米国第一の外交を世界に向かって宣言し、就任後はその大統領選の公約を実行するために異例の頻度で大統領令を発令している。

当方は外交として米国第一を批判する気はない。外交は国益最優先であり、米国だけではなく、独立国家を名乗る以上、全ての国の責任者は先ず、自国領土、自国民の権利擁護を最大の課題とする、という意味でだ。ただし、問題は次だ、米国第一が結果として米国ラストをもたらし、国民が大きな負担を担うことも出てくるかもしれないということだ。

米国には神が米国を祝福したという建国レガシーがある。米国は世界の平和のために存在するという信念である。キリスト教を土台とした価値観、世界観だ。米国が世界のために生きていた時、米国は消耗したのではなく、発展した。もし米国が自国第一の生き方をした場合、一時的に富が集まったとしてもその富を失うかもしれない。

実業界出身のトランプ氏にとって、ビジネスで利益を得ることが全てだ。商売に負け続ければ会社は破産してしまうからだ。しかし、外交の世界は「ウイン・ウイン」が前提条件だ。勝利と敗北が明確な交渉は理想的ではない。同時に、強国は弱小国に対し道義的義務がある。外交ではその道義的義務を無視してウイン外交を続けていけば、敵を多く作り、米国は本当の平和を享受できなくなる。

当方は中絶問題や同性婚ではっきりと反対を表明するトランプ氏の政策を評価している。オバマ前政権のリベラルな政策には同意できない部分が少なくなかった。

問題は経済至上主義の様相が強いトランプ氏の政策だ。健全な国民経済の発展なくして国家の成長も考えられないから当然かもしれないが、重要な点は、どのように国民経済を発展させていくかだ。米国は文字通り、軍事的にも経済的にも大国だ。その大国の最高指導者が自国第一の政策を実施すればある段階までは可能だが、他国から恐れられ、尊敬は受けられなくなる。そして最終的に米国民が世界から嫌われ、どこにいっても軽蔑されるかもしれない。

当方はトランプ氏にはオーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)の“効率的な利他主義”を学んで頂きたいのだ。タイム誌で「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれたシンガー氏(69)によれば、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」というのだ。

ワイルドな資本主義社会を生き抜いてきたトランプ氏には大統領に就任した今日、“効率的な利他主義”のシンガー哲学を学んで頂きたい。発展は闘争によっては実現できない。相互助け合いによってしか発展しない。これは宇宙森羅万象の原則だからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。