日米に共通する情報統制は前代未聞

中村 仁

首相官邸サイトより(編集部)

メディアを敵対視する政治権力

トランプ米大統領がかつてのヒットラーのように、政治権力を乱暴に行使し、メディアに対しても、常軌を逸した行動に出ています。メディアに痛いところを突かれ、よほどこたえているのでしょう。トランプ政権とメディアは「全面対決」に発展しています。批判的なメディアを排除し、統制がきく友好的なメディアだけを優遇していると、国民は政権に都合のいい情報にしか接しられなくなり、民主政治に歪みが生じます。

ホワイトハウスでのできごとです。排除されたのはCNNテレビ、ニューヨーク・タイムズなどです。記者懇談への参加を打診されたものの、恣意的な選別に抗議し、AP通信やタイム誌は参加を拒否しました。米メディアは「前代未聞の措置」と怒り、ホワイトハウスの記者会は「強く抗議する」との声明をだしました。

世界は情報戦争の新時代に入ったようです。情報を制するものが勝つ時代です。情報を制するとは、重要情報を抱えこみ、情報の伝達チャネルを制することを意味します。これまでは新聞、テレビのような伝統的なメディアが伝達チャネルを支配し、情報も自ら取捨選択してきました。政治権力は「もうそうはさせない」と、対決の姿勢を露骨に見せています。

ジャーナリズムの命を左右する情報戦

トランプ氏の登場で典型的に起きている情報制覇、情報争奪戦は何もアメリカだけの現象ではありません。ロシアや中国では、政権に都合の悪い記事を書く記者は、殺害されることも覚悟しないと、取材活動ができません。さすがに米欧日などの民主主義国では、肉体的な生命まで脅かされることはないにしても、ジャーナリズムの生命を絶たれることはあるのです。

日本ではどうでしょうか。私は24日、「経産省が執務室施錠でメディアを敬遠」というブログを書きました。機密情報、重要情報の管理、施設への出入りチェックは政府、企業にとっては不可欠だし、新聞、テレビ自身が自らもやっています。それにしても、「今なぜ経産省なの」、「他省庁も同じなの」などいくつかの疑問を抱きました。そうしましたら毎日新聞が26日の朝刊で、独材で続報を書きました。

記事の要点を紹介します。「取材を含む外部訪問者とは会議室で会う」、「取材対応は課長、室長級に限定する」、「メモをとる職員を同席させ、取材内容を広報室に報告する」、「幹部の自宅周辺では、約束なしでの取材は原則、受け付けない。やむおえず取材を受けた場合は広報室に連絡する」などで、取材限定のルールとしております。つまり情報統制です。

「会議室で会う」を除くと、前代未聞で詳細な項目が並んでいます。特に「メモをとる職員を同席」、「取材内容を広報室に連絡」、「自宅周辺での取材拒否」は前例がないでしょう。「自宅周辺」というのは、帰宅後に自宅を記者が訪問して取材する「夜回り」のことです。課長といえども単独で記者に会うな、何をしゃべったかを監視する、さらに広報室に記録を残すなど、要するに公式の記者会見、懇談以外に取材に応じるなというのが狙いでしょう。

記者会は経産省に抗議せよ

課長クラスなら、何をどこまで明らかにしたいか、あるいは明らかにしたほうがいいかの判断力があるはずです。監視つき、記録つきでは、当たり障りのない対応しかできません。取材に応じる管理職を信頼しないし、公式の記者説明以外に取材の場を与えない、となります。これまで聞いたこともない措置です。日米首脳会談の直前、「対米インフラ投資構想」(50兆円)が事前に報道されてしまい、官邸(恐らく安倍首相自身)が激怒した末の措置のようですね。

問題点は、「他省庁も右へならえなのか。経産省だけというのは不可解」、「経産省に都合のいい報道ばかりになっていいのか」、「企業関係者を含め、外部と接触する機会が多い局長級も監視つきとなるのか」、「政治家にも同様の対応を求め、重要情報の流出を抑制するのか」など、いくつもあげられます。どこまで統制するつもりなのか、ですね。

少なくとも、記者会は経産省に抗議するか、疑問点をただし、情報統制につながるようなルールの廃止を求めるべきだと思います。政治とメディアの関係では、最も健全に共存し、民主主義を育ててきたアメリカで、大統領によるメディアの敵視が始ったのです。日本の官庁では、メディアに最も開放的だった経産省が情報統制の先陣をきるとはどういうことでしょうか。政治権力はなりふり構わず情報を制し、メディアには一歩も譲らないという次元に入ったのでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。