「反ロッテ」中国世論。愛国精神を損ねる狭隘な民族主義

加藤 隆則

中国で、在韓米軍の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に対する抗議が止まらない。配備予定地を提供した韓国ロッテグループが攻撃の標的となり、中国国内にある100か所以上のロッテ・マートが閉店となった。その他のスーパーも相次ぎロッテ製品を撤去するなど、ロッテ・ボイコットの動きが連日報じられている。ネットもメディアも、中国世論は反ロッテ一色だ。ぞれに煽られ、韓国ネットは中国への罵りであふれる。ロッテは日本のものか、韓国のものか、などとためにする議論をしてもまったく意味がない。

韓国には在住中国人が100万人ほどいて全外国人の半数を占め、中国在住の韓国人は12万人で外国人のトップである。韓国の美容品は中国の若い女性に圧倒的な人気で、韓流ドラマや映画の人気も高い。過剰な民族主義は双方が傷つく。なんとかならないものか。2012年のいわゆる「反日」デモで日本ブランド車(中国産)に乗っていた中国人男性がリンチを受け、半身不随となった苦い経験を忘れてはならない。ロッテ・マートの従業員は、それぞれの地元で地道に生活を守っている中国人だ。

ロッテは中国で数多くの小学校建設に力を尽くしてきた。四川大地震の被災地にも学校を建てた。そうした学校までとばっちりを受ければ、無関係な子どもたちまで巻き添えにすることになる。決してあってはならない事態だ。

私の周囲の中国人たちもみなこの点を案じている。民族感情をむき出しにした非理性的なネット言論とは距離を置いている。

こんな画像が送られてきた。

北京の地下鉄で、黒竜江省出身を名乗る男性が背中に「精忠報国」と入れ墨し、「ロッテや米・日・韓をボイコットする愛国運動を呼びかける」と書いたポスターを立てている。「言葉が出ない」「頭がおかしい」「ついていけない」・・・みなの反応はだいたいこんなものだ。問題はこうしたばかげた行動までをも生んでしまう社会の雰囲気にある。硬い鎧を身に着けた国家と国家がぶつかれば、無防備で非力な一庶民はいとも簡単に押しつぶされてしまう。

「精忠報国」と聞けば、中国人の誰もが、12世紀、金軍を破った南宋の勇将、岳飛を思い浮かべる。異民族の侵攻に際し、命を惜しまず国を守るよう、母親が岳飛の背中に彫ったのが「精忠報国」である。中国では愛国心を養うため小学校で教えられる。そのエピソード自体は、美しい民族の物語なのだろうが、平和な時代に持ち出すのは不釣り合いだ。むしろ狭隘な民族主義が、愛国の精神を損ねることになりはしないか。

11日、北京で開幕中の全国人民代表大会では商務相が内外記者会見に臨み、「外資導入の政策」「外国企業の合法的権益に対する保障」「各国企業の対中投資によりよいサービスを提供する政策」の三つは変わらない、と断言した(発言者は王受文次官)。「三つの不変」は習近平総書記が約束した大原則である。すべてを政治に奉仕させ、外国勢力を敵味方に分ける悪しき伝統を見直さない限り、国家発展の基礎となる人民の平和な生活も確保されない。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。