ゆとり教育と研究開発力の低下は関係しているか

学習指導要綱の改訂によって中等教育での理数系科目の授業時間が減少したことが日本の研究開発力低下の一因となっている、との研究結果を神戸大学が公表した。プレスリリースしか公表されておらず研究の詳細は確認できないのだが、いくつか疑問がわいた。

第一の疑問は1966年生まれ(2017年に51歳)以降をゆとり世代としている点。ゆとり世代がいつからか確かに定説はないが、これではあまりに広すぎる。中間管理職以下はゆとり世代で、彼ら全員が「理数系科目を不得意として、技術者になってからの研究成果が少ない」というのは、日ごろ僕が接する研究者・技術者の姿とかい離している。

しかし、プレスリリースに掲載されたグラフからは、50歳以下で特許指標(特許出願数)が低下している様子が見て取れる。この特許指標がどう計算されたかも読み取れないが、それよりも、特許出願数は研究開発力を的確に表す指標なのだろうかというほうが大きな疑問。以前に「大量に特許出願しても、経営危機に陥った企業に学ぶ」という記事を書いたことがあるが、特許出願数だけでは企業の評価は評価できないというのは常識である。

前の記事とは別の事例を示そう。米国特許商標庁は1976年以降の登録特許を検索できるサービスを提供している。そこから、キヤノンは今までに7423件の米国特許を登録したとわかる。1975年に創業したマイクロソフトについて検索すると登録米国特許数は3962件と出る。1976年創業のアップルは4254件。それでは、キヤノンの研究開発力はマイクロソフトやアップルよりも優れているのであろうか。アップルとマイクロソフトでは、アップルがわずかに優れているのであろうか。研究開発力を表す指標を計算する際に特許出願数を用いるのは理解できるが、特許出願数だけで研究開発力を議論するのは間違いだ。

グラフに特許更新数とあるのも理解できない。これが第三の疑問。商標は更新を続ければ永久に維持できるが特許に更新という制度はない。特許庁『特許行政年次報告書2016年版』によると、特許登録件数は毎年20万件前後である。一方、現存する特許権の総数は200万件程度だから、一つひとつの特許権の平均寿命はおよそ10年と計算できる。年次報告書には「設定登録から5年後で86%、10年後で52%、15年後で10%程度に減少」という記述がある。このような現実の下で特許更新とは何を意味しているのだろうか。

神戸大学のプレスリリースは疑問だらけである。このような疑問を解消し、わが国の研究開発力について真剣に議論を進めるために、神戸大学には貴重な研究の結果全体を早く公表していただきたい。