文化庁報告書に見る政府立法の限界(下)

筆者は「知的財産推進計画2008」「同2009」の提案を受けて、文化庁が日本版フェアユースの検討を開始した2009年、日経デジタルコアに「国家戦略の視点でフェアユース導入議論を」を投稿した。

米国コンピューター通信産業連盟(CCIA)は07年に「米国経済におけるフェアユース~フェアユース関連産業の経済的貢献」と題する報告書を発表した。その中でフェアユース産業が米国経済を牽引している状況を紹介しながら、日本版フェアユースの導入論議にも、こうした国家戦略的視点からのマクロ的検討が必要ではないかと指摘した。しかし、文化庁でのニーズ積み上げのミクロ的アプローチの結果、骨抜きにされてしまった。

今回も文化庁はそのアプローチを踏襲し、声明の指摘するとおり、現時点で顕在化していないニーズについては対応していないが、そのアプローチには限界があることはこの間の歴史が実証している。

マクロ的アプローチの必要性

具体例で説明すると、まず(上)で紹介した論文剽窃検索サービスである。当時、顕在化していないニーズにも対応できるような柔軟な権利制限規定が2012年の改正で実現し、かつ、日本の事業者がこうした新しいニーズに対応できるサービスを提供していれば、2014年の小保方事件発生後、日本の教育・研究機関が一斉に米Turnitin社のサービスに走ることも防げたかもしれない。

Turnitin社はグーグルと同じ1998年にシリコンバレーで産声をあげた。2人の大学院生がスタートさせたグーグル同様、4人の大学生が立ち上げた。20年弱でアフリカを除く5大陸に拠点を持ち、150カ国、15000機関の3000万の学生がサービスを利用する企業に急成長した点もグーグルと共通している。

しかし、フェアユース規定のメリットを最大限に生かした企業は間違いなくグーグルである。 (上)で紹介したとおり、ウェブ検索に続いて書籍検索でもフェアユースが認められたからである (「グーグルを救った『フェアユース』 日本の著作権法にも導入すべきか」参照)。その書籍検索サービスについても、前回改正で柔軟な権利制限規定が認められていれば、(上)で紹介したとおり、日本語の書籍ですらグーグルの方が国会図書館よりも網羅的に探索してくれる状況にはならなかったかもしれない。

次にマクロ経済的に見ると、日本のGDPは、知的財産推進計画が最初に包括的権利制限規定の検討を提案した2008年の名目GDPを最新の2015年と比較すると.ドルベースでは2.5%減少している。対照的にシリコンバレーのIT企業が経済を牽引する米国は22.5%増加している。

グローバルに見ても、シリコンバレー発のベンチャー企業がフェアユース規定を武器に起業し、勝者総取りのネットビジネス市場で短期間に世界市場を制覇してしまうのに習い、フェアユースを導入する国が今世紀に入ってから急増している(「オーストラリア政府 フェアユース規定導入を提案」参照)。 英国のキャメロン首相も2010年に著作権法改革を命じた際、グーグルの創業者がフェアユースのない英国で起業するつもりはなかったと語った事実を紹介した。

以上、顕在化していないニーズにも対応できるマクロ的アプローチの必要性が、前回以上に増した理由を具体的事例や日米の経済成長率比較、そしてグローバルな動向を紹介しながら説明した。

イノベーション最適国への切り札

最後になったが、最大の理由はアベノミクスの推進である。安倍総理は2013年の施政方針演説で、「日本を世界で最もイノベーションに適した国にする」と宣言、2015年春の訪米時に日本の首相として、はじめてイノベーションの聖地シリコンバレーを訪れた(写真は電気自動車メーカーのテスラモーターズ社でイーロン・マスクCEOと)。ところが、日本はイノベーションに適した国かどうかを判定する複数の指標で世界最下位に低迷している(「フェアユースとイノベーション――『フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争負けない著作権法』出版にあたり」参照)。

最下位からトップをめざすにはかなり大胆な改革が必要である。その切り札が米国でベンチャー企業の資本金ともよばれるフェアユースである。

WT報告書は、「現在の日本をとりまく諸状況を前提とすれば、差し当たり、本問題に対処する上での最適解と言える方策を提言することができたものと考えている」 としている。しかし、上記のような日本をとりまく内外の状況を勘案すると、文化庁としての最適解かもしれないが、文部科学省としての最適解ですらない。 文化庁を所管する文部科学省はそのイノベーションも担当しているからである。このあたりに縦割り行政の弊害から脱却できない政府立法の限界があるのだとすると、 期待がかかるのは議員立法である。

議員立法への期待

 昨年末、議員立法で二つの法律が成立した。統合型リゾート(IR)整備推進法(カジノ法)と官民データ活用推進基本法である。二つの法律の共通点はGDP(国内総生産)の押し上げ効果による税収増を狙っている点にある (「GDP600兆円達成へ向けたイノベーション促進策」参照)。官民データ活用推進基本法成立に尽力した平井卓也衆議院議員は、「GDP(国内総生産)を500兆円から600兆円へ伸ばす上で、増分の4割である40兆円はFinTechやシェアリングエコノミーなどを含めたデータ活用によって生み出されるだろう」と話している(日経ビッグデータ、2016年11月号)。

「日本再興戦略2016」で2020年までの達成をめざすGDP600兆円実現のためには、平井議員の指摘するように官民データ活用推進基本法によるデータ活用によって、FinTechやシェアリングエコノミーなどのイノベーションを促進する必要がある。

カジノ法は法律の目的を定めた第1条に「財政の改善に資するものであることに鑑み」という文言が入っている。二つの法律とも税収増につながるGDPの押し上げを狙っている。文化庁が縦割り行政の弊害を乗り越えられずミクロ的な部分最適解しか出せないのであれば、大所高所からの国としてのマクロ的全体最適解は二つの法律のような議員立法に求めるほかない。

政府立法に内閣法制局の壁

議員立法に期待する理由はもう一つある。(上)で前回の検討によって実現した2012年の著作権法改正は、従来の改正でも追加されてきた個別の権利制限規定と変わらない3つの条文を盛り込むだけの尻すぼまりの改正に終わってしまったと指摘した。

骨抜きにされた理由は、権利者の利益代表委員が多数を占める文化審議会でのコンセンサスを得なければならなかったことも大きいが、文化庁の改正案をさらに後退させたのが、ほかの法律との整合性を審査する内閣法制局の厳しいチェックだった。声明が〔1〕で、「少なくとも、WT報告書で優先的な検討課題として設定された6つの利用類型については、WT報告書を踏まえて、柔軟な規定として条文化がされるべきである」と主張している理由もここにある。前回のように内閣法制局が文化庁案をさらに後退させることのないように条文化してほしいとの要請である。

議員立法を審査する議員法制局の審査は内閣法制局よりは厳しくないとされている。これが議員立法に期待するもう一つの理由である。今回はその動きもあるので(「イノベーションと著作権~柔軟な権利制限規定の導入」参照)、議員立法に期待したい。

城所岩生(国際大学客員教授・米国弁護士)
フェアユースは経済を救う~デジタル覇権戦争に負けない著作権法
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