私が大学1年生の時、法学入門のような講義の教授が次のようなことを言っていたのを憶えています。
「法学部を出てから経済学の専門家になる人はけっこういるが、経済学部を出てから法学の専門家になる人は少ない」
確かに、私の周囲を見渡しても、法学部出身で経済学の専門家(大学教授も何人かいます)はたくさんいますが、司法試験受験したような人は別として経済学部出身で法学の専門家になった人はいません。
経済学より法学の方が難しいということは決してありません。数学が苦手な人にとっては経済学の方がはるかに難しいはずです。
思うに、法学のカバーする範囲が広すぎることと、それぞれの法律によって理念や体系やが異なっているのが最大の原因なのではないでしょうか?
一定期間集中して学習すれば容易にマスターできるものの、社会人になるとそれだだけの期間を割くことができないというのが実情でしょう。
国や地方公共団体相互や私人との間を規律する「公法」と、私人間の間を規律する「私法」という違いがありますし、刑事法という独特の分野もあります。
これらを体系的に理解するには「一定以上の学習時間」が必要となります。
最高法規である憲法は「個人の尊厳」という中心原理から体系が出来ています。「個人の尊厳」を守るために民主主義という制度が採用され、各種人権規定が定められているのです。
民法は「私的自治の原則」が中心原理で、私人間の自由な行動が大原則となり、それを禁止するのは例外です。
刑法は「罪刑法定主義」が中心原理で、刑罰法規は事前に厳格に定めなければならず、民法のように「類推適用」をしてはなりません。
商法は「取引の安全」が中心原理で、基本法である民法では経済社会の迅速大量な商取引を扱うことができないことから民法の原則を大きく修正しています。
行政法の中心原理は「法律による行政の原理」であり、非民主的な組織である行政機関は民主的に選ばれた国民の代表で構成される国会で定められた法律に従わなければならないというものです。
民事訴訟法の中心原理は「手続保障」であり、両当事者に公平な手続が保障されていさえすれば、アホな当事者が敗訴しても止むを得ないというものです。明らかに時効が成立していても、当事者が援用しない限り、公正なジャッジである裁判官はそれを斟酌してはいけません。
刑事訴訟法の中心原理は「無罪推定の原則」です。実際の運用はかなり怪しいのですが、刑事手続において最も尊重すべき理念なのです。
まあ、主要な法律だけでも、こうやって中心原理から体系ができているので、イジイジと時間をかけないとマスターできないのでしょう。
当然、つまみ食いをすると大やけどを負う恐れもあります。前述のように刑事法で類推適用なんてやってしまったら目も当てられません。
法律学に比べると、経済学は部分的に学んでも数学的に納得させてくれる美しい学問だと思います。もっとも、昨今は、心理学を取り入れた行動経済学というものもあり、必ずしも合理的にスッキリ理解できない部分もありますが…。
他の学問分野も、「イジイジと一定時間勉強する必要のある分野」と「つまみ食いが可能な分野」に分けることができると考えます。おそらく医学は前者で心理学は後者かな…と思うのですが、いかがでしょう?
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。