不本意な新年度を迎えた人は必読。里崎氏の『エリートの倒し方』

新田 哲史

新年度がスタートして、まもなく半月。受験や就活の努力が実り、志望どおりの入学先や就職先を決めた人もいる一方で、「夢破れて」不本意な形で新生活をスタートした人も相当数いるだろう。「3年以内の離職率」が大卒で相変わらず3割をマークしていることを考えると、どこか悶々とした思いを押し隠しながら研修を受けている人も多いはずだ。

見切りをつけて3年以内に辞めたりするのも悪いことではないが、いまの環境を嘆いてばかりだと、仕事や学業に身が入らず、ダラダラと無為に時間を過ごすことだけで生産性がない。しかし、心の持ち様を変えてみると、自分の成長につながるヒントやチャンスが意外に転がっているものだ。

本書はまさにそんな発想の転換を学べる。エリートではない人がどのように身を立て、そしてどうやって「下克上」を起こすのか、プロの世界で16年生き抜いた著者の豊富な経験に基づき、一般の人でも取り入れられる方法論が凝縮されている。

里崎氏は現在こそ、球界を代表する捕手として活躍したイメージが確立している。2006年の第1回WBCでは世界一に貢献して大会ベストナインにも選ばれた。しかし、本書で「元々スーパースターだったわけではない」「才能で上回る相手に、どうやったら勝てるのか。それが常に僕のテーマでした」と記しているように、実はエリートとは対極の球歴。高校時代はプロに注目されず、大学も東京六大学や東都ではない帝京に進学。プロ入り当時のロッテも、入団前年にはあの球史に残る18連敗を喫していた(参照動画)。

そんな著者の下克上を起こすためのマインドセットを感じさせた言葉の一つが、昨年1月にインタビューした際に述べた「強いところより出られるところ」。その心は、強豪チームで補欠になるよりもレギュラーで活躍できる場所を選ぶこと、実社会でいえば大企業で埋もれるより規模や知名度で劣っても将来性のある中小ベンチャーでトップに立つ、といったことだ。そして、里崎氏は本書で、そうした環境選びの重要性に加えて「頭を使ってチャンスを作る」ことも提唱する。

引き合いに出すのが、若手の頃に独自の視点でレギュラーをつかんだ話で、これが実に興味深い。リード力、守備力、打力の3つを持っていないと一軍で主力の座はつかめないが、通例だと捕手は最初の2つを優先して、打力の優先度は落ちる。ところが里崎氏は当時のチーム状況を踏まえ、「周りが打てないから、打てるようになれば試合に出られるだろう」と、バッティングを猛練習。この逆張りの発想に周囲からは呆れられたというが、結局、目論見通り、打てることで起用される機会が増え、並行して磨いていたリード、守備も評価されて扇の要をものにした。

かつてリクルート創業者の故・江副浩正氏が「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という名言を残しているが、里崎氏の身の処し方はまさにそう。自分の頭で冷静に市場を分析し、差別化に成功するベンチャー経営を彷彿もさせる。

著者は自分のことを「天才ではなかった」と謙遜するが、私は少しだけ異論がある。それがこの本書でのエピソード。WBCでアメリカの球場でプレーした時の体験から、マリンスタジアムにリボンビジョン(観客席に設置された細長いオーロラビジョン)の設置を球団に提案し、日本球界初の導入を実現した。しかも驚くのは、こんなことまで提案していたのだという。

「電光掲示板なら1日のスポット広告もできて地元企業の応援にもなる」

「企業タイアップで広告収入を考えれば、10年か15年で設置費用は回収できるかもしれませんよ」

プロ入り時の著者はたしかにエリートではなかったかもしれないが、プロで成功したのは、その「天性」ともいえるビジネス感覚にあったのはまぎれもない。だからこそ、本書は実践的キャリア論として、若手のビジネスパーソンに与える示唆は多いだろう。