コラムのタイトルを見て、「当方氏は外電を読んでいないのか」と指摘されるかもしれない。当方は一応、アンカラから流れてくるニュースには耳を傾けている。エルドアン大統領が議会内閣制から大統領制へ移行する憲法改正を問う国民投票で僅差で勝利したことは知っている。賛成51.41%、反対48.59%だ。
この暫定結果から、権限を拡大した大統領制導入に野心を持ってきたエルドアン氏が勝利したと解釈できるが、エルドアン氏が16日夜、イスタンブールで勝利宣言している写真をじっくりと検証してほしい。「われわれはトルコの未来で歴史的な決定を下した」と強調する一方、自身の政治に批判的な欧米諸国に向かって、「投票結果を尊重すべきだ」とわざわざ述べている。その顔は決して勝利者のものではなかったのだ。
トルコで昨年7月、軍の一部勢力によるクーデター事件が発生したが、失敗に終わった。危機を乗り越えたエルドアン大統領は警察力で強権を駆使し、根本主義的なイスラム教国の建設に乗り出してきた。それを受け、トルコ議会は今年1月21日、「議会制」から「大統領制」に移行する憲法改正を承認したが、立法化に必要な票数には満たなかった。そのため、是非を問う国民投票が今月16日に実施されることになった経緯がある。
国民投票の結果は、国民の半分が賛成、半分が反対だった。国民は完全に2分した。エルドアン大統領と与党「公正発展党」(AKP)の支持者に対し、野党、反エルドアン派の構図だ。
例えば、国際都市イスタンブールと首都アンカラなど都市部では反対票が51%を超え、エーゲ海に面するイズミル市では69%にもなった。南東部クルド地域でも反対票は過半数を超えた。その一方、中央アナトリア地方で賛成票が多かった。
(有権者数は国内で5530万人、国外居住有権者約290万人で、投票率は85.5%と高かった。国民投票に対する有権者の関心の高さを示した)
国民投票で圧倒的な勝利を願ってきたエルドアン氏は今回の結果に失望しているだろう。エルドアン大統領に代わってユルドゥルム首相は、「今回の国民投票で敗北者はいない。トルコ国民、愛する祖国こそ勝利者だ」と述べ、国民に連帯と結束を呼び掛けている。
一方、野党の「国民民主主義党」(HDP)は投票と集計に不正があったとして、集計のやり直しを要求している。HDPによれば、有権者は投票会場で公式の印が付いた投票用紙をもらうが、その印のない投票用紙が多く見つかったというのだ。
共和人民党(CHP)は、「わが国は昨年7月以来、非常事態宣言下にある。そのような状況下で国民投票を実施すること自体無謀だ」と指摘し、投票結果を受け入れる考えがないことを表明している。イスタンブールでは16日夜、国民投票の結果に反対するデモが行われている。
興味深い点は、海外に住むトルコ人にはエルドアン支持派が多いことだ。ドイツで賛成63.1%、オランダ71%、オーストリア73.23% ベルギーでは75.1%が賛成票を投じている。その他、フランス、ノルウェー、デンマーク、ルクセンブルクで賛成が多く、反対票が多かった国はスペイン、イタリア、英国だったという(「欧州トルコ人の『2重国籍』問題」2017年3月14日参考)。
なお、欧州連合(EU)はエルドアン氏が死刑制度を再導入したならば、加盟交渉を即ストップすると警告を発してきただけに、トルコの国民投票結果と今後の行方に強い懸念を持っている。憲法改正を問う国民投票の結果は、トルコ社会を投票前よりも一層分裂させてしまう危険性が出てきたのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。