給付型奨学金の署名キャンペーンを行う等、子どもの貧困問題に取り組んできた認定NPO法人フローレンスの駒崎です。
5月3日に安倍総理が憲法改正を2020年に行うことを発表しました。
安倍首相 憲法改正し2020年施行目指す意向を表明(NHKニュース)
個人的には、憲法はアメリカのように時代に合わせて国民的な議論を経て改正していけば良いと思っています。しかし、今回の発表には大きな「モヤモヤ」を感じました。
教育無償化に憲法改正は必要ない
日本国憲法には、以下のような条文があります。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
この26条を改正して、幼児教育から大学までを含めた高等教育を無償化しよう、ということなのだと思いますが、条文をよく読めば分かる通り、「法律の定めるところにより」という文言があります。
このことから、法律で「義務教育」の定義を変えたり、あるいは義務教育に準ずる教育については無償です、と新しい法律を定めれば、憲法まで改正しなくて良いということになります。
現に、2010年、民主党政権は憲法改正をせずに、公立高校の授業料を無償化しました。
(根拠法:「国公立の高等学校における教育の実質的無償化の推進及び私立の高等学校等における教育に係る負担の軽減のための高等学校等就学支援金の支給等に関する法律案」 )
圧倒的な議席を持つ自民党ですので、法律を1本作るくらいのことは何でもなく、憲法改正という大変な手続きを踏まずとも、必要とあらば今年の秋から始まる臨時国会で法案成立させられるのではないでしょうか。
9条改正のためのバーターとしての教育無償化
安倍総理が(9条改正を強く望む)日本会議系団体のフォーラムにビデオメッセージを送ったことからも分かる通り、本当の狙いは、自衛隊を憲法の中にしっかりと位置付けることなのは明白です。
9条1項と2項を削除せず、自衛隊の位置付けを3項として加えることで、戦争放棄の理念を崩さずに自衛隊を合憲化する。これは平和憲法をいまだに強く支持する国民世論に配慮し、また公明党がかねてから主張する「加憲」路線とも合致していることから、社会的にも受け入れられやすいだろうという意図が垣間見えます。
実際に、自民党が作成した2012年の改憲草案にあった「国防軍の創設」等に比べたらマイルドで、自衛隊の存在自体に対しては多くの国民も支持していることを鑑みても、個人的には比較的穏健な改正案だと感じました。
一方で、史上初の憲法改正という、政治的には最も大きな仕事を行うには、国民の賛同が大きく高まっているか、というと疑問です。自衛隊を合憲化してほしくて仕方がない人が、国民の大半を占めるかというと、もちろんそんなことはありません。
多くの国民にとって、自衛隊の合憲化というテーマは抽象的で、生活に直結したものではありません。また、すでに自衛隊は憲法で認められた存在だ、と認識している国民が62%と半数を超しているので、改正の必要性も認識されていないと言って良い状況です。
そこで、多くの国民の生活に直結し、憲法改正に前向きな雰囲気を作り出すお題目が必要になります。それが「教育無償化」です。
いみじくも自民党憲法改正推進本部の保岡興治 本部長が報道ステーションのインタビューで語る通り、「(憲法改正は)国民から見て「必要だな」と思えるような問題から入らざるを得ない」わけですし、彼は「そういう意味では教育無償化は非常に生活に密着したテーマ」ということが分かっているわけです。
国民に関心のない自衛隊の合憲化を実現するための、バーターとしての(国民が関心のある)教育無償化。
一部の護憲派に対してはムチとなる9条改正に対する「アメ」としての教育無償化。
これが、ここにきて教育無償化が突然浮上してきた内実ではないでしょうか。
教育無償化をバーター役にして良いのか
しかし、初めに安倍総理のスピーチを聞いた時に、僕はこう思いました。
「9条(戦争放棄)を生かしたままの自衛隊の合憲化ならマイルドだし、(自分も含め多くの保育・教育関係者が)長年訴えてきた教育無償化が、憲法に盛り込まれて実現に近づくなら、良いんじゃない?」と。
ただ、その直後にこうも思ったのです。
「教育無償化を、憲法改正の、ある意味、人質にしちゃって良いのかな」
教育無償化は、本来であれば、憲法改正をしようがしまいが、議論し、実現しなくてはいけないテーマなのではないか。
だって、子どもの6人に1人が貧困ライン以下の生活をしている状況なのです。
大学の奨学金利用率はもはや50%を超える水準にまで到達しました。
にもかかわらず、日本は先進国の中では政府が最も教育に金をかけていないのです。
憲法改正をしている場合なのか
安倍総理と自民党は、そのあり余る議席と高い支持率等のポリティカルキャピタル(政治的資本)を、本当に憲法改正に使うべきなのでしょうか?
安保法制も解釈改憲で通し、実際に北朝鮮に圧力をかける米艦隊のサポートもできるようになった今、自衛隊の合憲化は日本にとって、最も優先順位の高いテーマなのでしょうか。
それよりも、その強大なパワーを使って、教育基本法の改正を行なって、教育無償化をした方が早くはないでしょうか。
財源として有力視される、相続税の課税ベースの拡大や所得税の累進化など、相当の政治的資本がなければ手をつけられない税制改革をできる力も、今の安倍政権ならあります。
給食費や学校関連用品(ピアニカや制服等)があって、結局義務教育なのに無償になっていない現実を変えるため、まずは「現在の義務教育完全無償化」を予算措置し、子どもの貧困との戦いに、敢然と宣戦布告していくこともできるでしょう。
我が国にとって、今、本当にやらなくちゃいけないことは何なのか。
今日、子どもの日のニュースはこれでした。
子どもの数、過去最低に ピークから半減の1571万人(朝日新聞デジタル)
ものすごいスピードで「縮んで」いく我が国において、今、我々の依って立つ足元の土台が崩れ落ちようとしている中で、今すぐしなくてはいけないことは、本当にそれなんですか?ということを、政府に問いたいと思います。
そして我々国民も懸命に考え、議論しなくてはならないでしょう。
子どもが半減し、高齢者は激増し、国内マーケットもシュリンクし、唯一の資源である人材への投資も渋り続け、科学技術力も競争力を失いつつある。文字通り坂道を転がり落ち続けている我が国で、今、本当にやるべきことは何なのか、と。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2017年5月5日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。