五輪負担、小池氏が情報戦“初黒星”。安倍官邸の見事な逆襲?

新田 哲史

11日、安倍首相との会談で、都外の五輪仮設施設全額負担の意向を明らかにした小池都知事だったが…(首相官邸サイトより)

確信が今ひとつ持てなかったので本稿を書くべきか迷っていたところ、昨晩遅くネットで流れてきた1本の記事をみて、私は吹っ切れた。彼女が必死に“敗戦”をひた隠しにしようとしているのではないかと−−。

小池氏「負担覚悟決まっていた」五輪・パラの仮設費用(共同通信)

違和感が募る、夜のインタビュー記事

この日(11日)午前、小池知事は安倍首相と官邸で面会し、都外の五輪仮設施設整備費の全額負担を表明。記事は、共同通信の単独インタビューにその後に応じたものだ。しかし、いくつか違和感を覚えた。

都庁クラブの知事インタビュー取材は日中に行うことが通例のはずだ。日程の都合で、たまたまそうなったにせよ、小池知事が取材に応じた狙いは、よく読めば明らかだ。すなわち、全額負担の決めた経緯について、小池知事は「覚悟も、大枠も決まっていて、(国の調整で)急に決めたというのは間違いだ」と強調している。

これは裏を返せば、「追い込まれて渋々決断した」という論調で報道されることを極めて警戒しているからではないか。

だから、夜のインタビューというのが不自然に見えるのだ。もしこの取材が急遽決まったものなら、なおさらだし、あるいは事前の予定どおりの取材だったとしても、その機を逃したくなかったのではないか。しかし、共同通信は都庁の広報ではない。記者も知事のそうした意図を見透かし、さりげなく釘を刺したのではないかと思える。記事の結びはこういう書き方だ。

小池知事は、安倍晋三首相との会談は5月2日に決まっていたと強調した。

知事は、官邸で総理と会談した直後の囲み取材でも同様のコメントをしている。メディアに対し再三、総理との会談が事前に決まっていたことを強調しなければならないのは、メディアでの高い露出による高支持率を都議選までできるだけ維持しなければならないという台所事情があるからだけではない。

なぜ安倍首相は小池氏より先に神奈川、千葉、埼玉3知事に会ったのか?

時計の針を少し巻き戻してみよう。都外の仮説整備費の費用負担の分担について、国、組織委、都、都外自治体(神奈川県など)との協議に入ったのが1月。3月までに決着がつかず、小池知事は3月末に「さらに深く精査する」と、実質的な引き延ばしに入った。しかし4月が終わっても(少なくとも表向きは)事態は膠着したままだった。

そして連休明け、私は自民党関係者から、小池知事がこの問題で焦りを深めているという話を聞いた。官邸に対し、安倍首相へのアポを何度も打診していたというが、都合がつかず、会談は実現しなかったとの情報もある。この間に小池氏が全額負担をいつ決めたのか真相は不明だが、はっきりしている事実は、官邸は小池知事との会談より2日先んじた5月9日、黒岩・神奈川県知事、森田・千葉県知事、上田・埼玉知事との会談を優先したことだ。彼らは一様に、負担問題で態度表明しない小池知事を批判していた。

小池知事周辺は「全額負担の方向性は少し前に決めていた」としており、アポが決まったとされる5月2日時点で、知事が全額負担の覚悟を決めていた可能性もあるし、あるいは、3知事よりも先に安倍首相と会談して事態打開に向けた協力を仰ぐつもりだったのかもしれない。

しかし、小池知事が連休中に全額負担を決めていた、いないに関わらず、3知事の会談を優先したことでメディアの報道の流れは小池氏サイドから主導権が離れていった。一方、3知事は安倍首相と会談した同じ日に、小池氏とも九都県市首脳会議で居合わせているが、まさに集中砲火を浴びせている。

小池知事、仮設費用分担で各県知事から“集中砲火”(日刊スポーツ) 

当然、官邸での囲み取材でも同様に小池批判を繰り広げるのは自明のことだった。

費用負担巡り3知事直訴 首相が調整指示(毎日新聞)

首相指示に先立ち、黒岩祐治・神奈川県知事ら神奈川、千葉、埼玉3県知事が官邸を訪れ、首相に「費用負担の問題が決まらないことで、五輪が成功できるかどうかギリギリのところにきている」と直訴。首相は「そういうことになっているのか」と驚き、丸川氏を呼んで指示した。

もし私が小池氏と対立関係にある政府首脳であれば、同じスケジューリングで設定し、メディアを使って小池氏を追い詰める戦術に出ただろう。

舞台は永田町のど真ん中、首相官邸。そして、役者となる黒岩知事は元フジテレビキャスター、森田知事は元スター俳優と、一般の知名度は小池氏並み、あるいはそれ以上にある。お茶の間でなじみの顔の知事たちが小池批判を繰り広げる様子がテレビで報じられれば、視聴者に「決められない小池知事」という印象を抱かせる効果は高いし、「小池包囲網」の世論を形成していくことができる。

打ち手を欠いてしまった(?)小池知事

実在の政府首脳がそこまで意図したかはわからないが、実際に3知事が先に会った結果を見れば、小池知事が“追い詰め”られた格好にみえてしまう。

なお、上記で引いた毎日新聞の記事にあるように、5月9日の時点では、安倍首相は、小池氏が全額負担を決めたことは知らなかったことになっている。一方、小池知事や周辺は「全額負担は事前に決めていた」ことを強調しているが、私は正直、半信半疑だ。小池氏サイドの見解を好意的に解釈すれば、「重大な決断事項は直接総理に会って伝えるつもりだった」と見ることもできるが、懐疑的にとらえると「まだ決断しきれていなかったが、官邸が3知事との面談を優先して焦りを募らせた」と思えなくもない。

後者のシナリオの場合、小池知事なら安倍首相のスマホの番号くらい知っているだろうから、なにがなんでも連絡を取りに行く、あるいは官邸での会談に先手を打って都庁で緊急記者会見をすることもできたはずだが、この時の小池知事は公務で多忙だったこともあってか、9日は新たな動きを見せなかった。そして官邸と3知事の会談となり、小池氏が“追い込まれて渋々決断した”ように見える報道の流れが決まっていった。

情報戦で初の“ダウン”を奪われた格好の小池氏

『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)において、昨夏の都知事選での小池陣営の見事な情報戦を分析した身としては、ここ最近の変化を強く感じている。

豊洲市場問題をめぐっては、都議会自民党に豊洲への早期移転を迫られ、ボディブローのように効いて小池氏や都民ファーストの会の支持率のピークアウトに寄与しているように見える。今回の官邸との「情報戦」についても、同じくボクシングに例えれば、小池氏が官邸に初めて“ダウン”を奪われたのではないか。KOこそ逃れたものの、政界きってのメディア女王が、ここまで打ち手を封じられ、夜になって共同通信への対応でフォローせざるを得ないというのは異例なように思えた。これが残り2か月を切った都議選までの戦局に及ぶ影響は大きくはなくても、先行きを暗示しているように思えてならない。

なお、本エントリー、特に後半部分は私の仮説を交えて書いてきたので、官邸クラブや都庁クラブ発の今後の裏舞台報道に期待したい。また、小池知事にとってはネガティブな論評となったことで、“小池派”の早川忠孝さんにまたお叱りを受けそうだが(苦笑)、本件については、小池氏、自民党サイドのどちらにも肩入れはせず、第三者の立場として政界の情報戦を考察したものである。

ただ、一つだけ小池陣営に忠告するなら、戦い方の見直しの時期ではないかということだ。都知事選での戦いぶりに代表されるように、メディアを使った情報戦による奇襲を得意としてきたが、奇襲戦法を繰り返してばかりでは行き詰まる。

野球記者時代、私はバレンタイン監督最終シーズン2009年のロッテを担当していた。バレンタイン氏はヒットエンドランの多用や、送りバントより強攻策を好むなど、日本球界では斬新な戦法を繰り広げ、かつては日本一にも輝いたが、後年は勝てなくなっていった。その時、当時の球団幹部が話していた監督評が今でも記憶に残っている。

「奇襲も繰り返していくとただの定石になり、相手に打ち手を読まれてしまう」。

蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた? - 初の女性首相候補、ネット世論で分かれた明暗 - (ワニブックスPLUS新書)
新田 哲史
ワニブックス
2016-12-08