新しい免疫療法へ大きな潮流

中村 祐輔

シカゴの5月は寒い日が続いており、20度を越える日はまだないし、今後1週間も期待できない。昨日は最高気温9度と、東京では冬並みに冷え込んだ。

その昨日の夕方、オランダのアムステルダム大学のTon Schumacher教授の「T cell recognition of human cancer」(内容は、T細胞はがん細胞をどのように認識するのかと言った感じだった)というタイトルの講演会があった。彼はKite Pharma EUのCSO(Chief Scientific Officer)でもある。また、James Allison教授(MD Andersonがんセンター;抗CTLA-4抗体薬の開発の中心人物)、Eric Lander教授(MIT Broad Institute;私のユタ大学時代からの知り合いで、ゲノムインフォーマティクスの第1人者)と共に Neon Therapeuticsというネオアンチゲン療法を推進する会社を立ち上げている。すでに大掛かりにネオアンチゲン療法を開始していると言っていた。

講演会では、まず、NCIのRosenberg教授たちのTIL療法の結果を紹介した。どのがん種を対象としたのか詳しく説明しなかったが、NCIのデータでは、50%程度の患者で有効であり、15%程度は完全にがんが消えると話をした。その結果から、がん組織内のリンパ球には、がんを敵と認識して攻撃するものがあることは確実だ。その認識機序を、がん特異的抗原、PL-L1の発現制御、そして、T細胞受容体に分けて説明すると言って本題に入った。

まず、遺伝子異常数の多いがんの方が、抗PD-1抗体に対する効果が高いので、遺伝子異常によって生ずる変異を含むがん特異的ペプチド(ネオアンチゲン)が、治療目的で有望だと説明した。今後の治療法として、これらのネオアンチゲンを利用したワクチン療法、さらに、これらを認識するT細胞受容体を導入したT細胞療法も考えられると続いた。Kite社では、幾度か紹介したCAR-T細胞療法を開発している。私が研究室で話をしていること、3年位前から主張していることと同じで、研究室のメンバーには全く新鮮味がなかったようだ。ただし、午前中に二人で話をした際には、われわれと同様に、オンコアンチゲン(セルフアンチゲン)もがん抗原としての可能性は否定していないと言っていた。それを利用したCAR-T細胞療法にも関心があるようだった。

ネオアンチゲンを見つける手順はこのブログでも紹介してきたように、全エキソーム解析、発現解析、HLA別のネオアンチゲン予測と内容的には何ら目新しいものはなかった。解析したペプチド数では負けるものの、ネオアンチゲンによる細胞傷害性T細胞の誘技術は基本的には同じだ。ただし、会社で百億円単位の資金を集めてやっているので、今のままでは爆撃機(彼ら)と竹槍(私の方)の戦いのように負け戦は必至だ。体制の整備が急務だと思う。ただし、T細胞受容体解析技術に関してはわれわれの方が先を行くと確信した。

講演で唯一、強く興味を引かれたのは、PD-L1の発現を制御する仕組みだけだった。と言っても、これは非常に重要なことだが。CMTM4/6という細胞膜に存在するたんぱく質が、PD-L1タンパクの安定性に関係していることが示されていた。CMTM6がなくなるとPD-L1のmRNAの量は同じでも、PD-L1タンパク量は激減するようだ。これ以外にも、PD-L1の発現に関係するものとして、JAK1、JAK2、STAT1、IFGR1、IFGR2、IRF1などがあるというデータが示された。これらの分子がネットワーク的にいろいろな形で制御しているので、まだまだ、がん細胞が免疫系から身を守る術はわかりにくい。しかし、CMTMタンパクに対する抗体が、新たな治療薬として開発される日が来るのは時間の問題かもしれない。

講演後の質問は、的外れなものが多く、演者には気の毒だった。特に、がんのHeterogeneity(同じ患者さんのがん組織の中―異なる転移部位だけでなく、一つの塊であってもー性質の異なるがん細胞が混在していること)の質問を受けたときには、「またか??」と少しうんざりした表情をみせたように見えた。この種の質問は、実際のがん医療現場を理解していない研究者の戯言のように思う。5ヶ所の転移があれば、その5箇所からすべてバイオプシーでがん試料を得るのは患者さんのリスクを考えれば、非現実的だ。もし、バイオプシーサンプルをとってきても小さな米粒のような塊がそれ以外の部分と異なっているかもしれないといわれれば、議論はエンドレスだ。患者さんに最低限の侵襲で、最大限の有用情報を得ることが臨床現場では求められる。Heterogeneityに拘っていては、何の治療もできなくなってしまう。

しかし、世の中がどんどん、新しい免疫療法に向かっているのが伝わってきた。日本では、今でも、免疫療法がいかがわしいかどうかの議論が続いているようだが、本当にガラパゴス化した状況は救いようがない。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。