完全犯罪は可能か?

単純に「完全犯罪は可能か?」と問われれば、迷わず「可能」と答えます。
街中(まちなか)で気に入らない人の背中を突然押したら「暴行罪」になりますが、満員電車で同じことをやっても犯罪として検挙されることは100%ないでしょう。「人に対して不法な有形力の行使」を行う故意があり現実にそれを実行しても、(よほど不自然にやりすぎない限り)満員電車の中では検挙されませんので、一応完全犯罪は成立します。

おそらく、多くの人々が想定し、推理小説家たちが追求してやまない「完全犯罪」というのは、検挙されることのない殺人罪を犯すことができるか否かでしょう? 仮に検挙されても、殺人罪として有罪にすることができないケースを含めることもあるでしょう。

まず、検挙される確率を限りなく低くすることは十分可能です。警察に捜索願が出されて長年たっても見つからない人を、人気の全くない山中で殺害してコンクリート詰めにして海に捨てれば、検挙される確率は極めて低くなるはずです。

また、混み合っている駅のプラットホームの最前列や駅の階段付近にいる人を偶然を装って背後から押して逃げ去れば、防犯カメラや目撃者に特定されない限り検挙率は極めて低くなるでしょう。私は、こういうことをやる人たちを「太ったゴルゴ13」と勝手に呼んでいます。体重が重い方が強く押すことができるからです。

しかし、いずれも確率を下げるという程度問題に過ぎず、完全犯罪という意外性や技巧性を感じることはできません。

先般、「偶然屋」(七尾与史著 小学館)を読んでいたら、実際に会った人間だけでなくネット上で匿名で接した人間をマインドコントロールして殺人を犯させるという相手方が登場しました。この方法が有効であれば、(仮に捜査機関が真相を突き止めたとしても)わが国の法律では裁くことができず「完全犯罪」と呼ぶにふさわしいでしょう。著者の発想力に深く感銘を受けました。

しかしながら、普通の大人がマインドコントロールにかかって犯罪を犯すためには、本書で書かれているようなたくさんの諸要素が必要でしょうし、超人的なマインドコントロール能力が必要です。また、自分が狙ったターゲットを殺害するのは無理かもしれません。

それでは、法律の隙間をすり抜けることは可能でしょうか? 「白昼の死角」(高木彬光著)はそれに挑んだ小説として有名ですが、内容的には法的知識を駆使したものでも何でもないお粗末な仕掛けでした(失礼)。世間によくある詐欺と同じです。

この点に関しては、弁護士としての多数の案件を扱った経験から、私は一つだけ可能性のある方法を思い付きました。「偶然屋」と違って、ターゲットを絞り込むことができます。真相を突き止められても裁きを受ける恐れはありません。100%成功する保証がないのが難点ですが、法律知識と法の現場を熟知して初めて考え得る方法だと自負しています。機会があればご披露したいと密かに考えてはいるのですが…。

最後に、検挙されても殺人罪として処罰されない方法ですが、これは幾つかの推理小説で既に描かれているはずです。刑事訴訟法の「一事不再理」の原則を利用するという方法です。

殺人の「故意」を認定することが極めて困難なため「過失致死罪」等で有罪判決を受ける。一度判決が確定したら同じ行為について再度訴追することができないのが「一事不再理」の原則なので、過失致死で有罪が確定すれば永久に殺人罪で訴追されることはありません。

(危険運転に該当しないように)自動車の自損事故に見せかけて同乗者を殺してしまうという単純なトリックが思い浮かびますが、これは犯人自身も命がけになります。推理作家の方々は、もう少し複雑なトリックを考えていることでしょう。

科学捜査が進歩した今日では昔の素朴な推理トリックが通用しないので、トリックを期待している推理小説ファンの一人としては少しがっかりしています。面白いトリックを使った小説があれば、是非教えてくださいね。

本当にあったトンデモ法律トラブル 突然の理不尽から身を守るケース・スタディ36 (幻冬舎新書)
荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。