30歳、若き外相の新しい挑戦が始まった

オーストリアの政界が今月に入って激しく動いている。今月10日、ケルン連立政権のジュニア政党、国民党党首のラインホルト・ミッテルレーナー副首相が突然辞任表明。14日には国民的人気の高いクルツ外相(国民党)が新党首に選出された。そして16日、社会民主党と国民党の2大政党から構成されたケルン連立政権は任期を1年以上残し、今年10月15日に早期総選挙を実施することで合意した。いよいよ選挙戦が始まると考えていた矢先、今月18日、今度は野党の「緑の党」のエヴァ・グラヴィシュ二ク党首が個人的理由から党首を辞職し、その翌日、新しい党首と選挙筆頭候補者の2人組党体制が発表されたばかりだ。今月に入って2政党の党首が辞任し、新しい党首が選ばれたわけだ。

国民党の新党首、クルツ外相(セバスティアン・クルツ氏の公式サイトから)

オーストリアの政治家に何が起きたのだろうか。ひょっとしたらバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥ったのだろうか。政界の変動の台風の目はやはり国民党の新党首に選ばれたセバスティアン・クルツ外相だろう。同外相が国民党の党首に就任する時、連立政権は解消し、早期選挙が行われると予想されていたからだ(「政治家が突然、やる気を失う時」2017年5月12日参考)。

社民党党首のクリスティアン・ケルン首相(51)は当初、「政府は山積する課題の解決を最優先すべきだ」と主張し、来年9月まで任期を全うすべきだという姿勢を取ってきたが、クルツ外相が国民党党首に選出されたことを受け、早期総選挙をもはや回避できないと判断、国民党の意向に同意した経緯がある。

クルツ外相は14日の党幹部会で7項目の条件を提示した。党首に人事権を与え、選挙の党候補者の選出権も党首に委ねるという内容だ。その上で「自分の要求が通らなければ、国民党を離脱し、新しい政治運動を始める」と言明し、党幹部会に最後通牒を突き付けた。国民党は過去、州の国民党幹部が強い権限を有し、連邦の党人事にも大きな影響を行使してきたため、連邦レベルの党改革を実施することが難しかった。

クルツ外相の脳裏には、左派、右派の既成政党に捉われない新しい政治運動を宣言し、フランス大統領選挙で勝利したフランスのエマニュエル・マクロン大統領(39)の政治運動「前進」(アン・マルシェ)があったことは間違いないだろう。

独「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党、国民党は選挙の度に投票率を失い、野党の極右政党「自由党」に抜かれて第3党に後退することが多かった。党の抜本的刷新を実行しなければ国民党は小政党に成り下がってしまうと懸念されてきた。それを救う唯一の道は、クルツ外相を党首に担ぎ出し、選挙戦に打って出ることだという点で国民党内は一致したわけだ。

クルツ外相は3年前、27歳で外相に就任して注目された。当時は「経験のない若者に外相が務まるか」といった冷めた目で見られてきたが、30歳となった今日、ドイツや他の欧州諸国でも高い評価を受けている。はっきりと自分の考えを表明する一方、相手の言動に耳を傾ける政治家としてオーストリアでは圧倒的な人気がある(「27歳の若者が外相に就任する国」2013年12月16日参考)。総選挙が今月、実施されれば、クルツ党首が率いる国民党が第1党に躍り出るという世論調査が既に報じられている。

同外相は難民問題では極右政党の「自由党」もタジタジとなるほど厳格な政策を表明し、国境線の閉鎖・監視の強化を訴える一方、欧州連合(EU)の結束強化、刷新をアピールしてきた。対トルコ政策でも、エルドアン大統領の強権政策をいち早く批判し、トルコのEU加盟交渉でも「トルコの加盟は目下、あり得ない」と強い姿勢を示してきた。

国民的人気を背景にクルツ外相は伝統的な中道右派政党(国民党)に就任した。クルツ外相はその若さと行動力で国民党を飛躍させるか、それとも“クルツ人気”は一時的で、政界の刷新までに至らずに終わるか。30歳の外相の新しい挑戦が始まった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。