【映画評】夜明け告げるルーのうた

渡 まち子

中学生のカイは、両親が離婚したため、父母の故郷である漁港の町・日無町に引っ越してくる。東京で暮らしていたカイは、寂れた田舎町になじめず、両親への複雑な思いを抱えて心を閉ざしていた。唯一の心の拠り所は、作曲した音楽をネット上にアップすること。ある日、クラスメイトの国男と遊歩に彼らのバンド・セイレーンに強引に勧誘され、彼らが練習場所にしている、立ち入り禁止の人魚島にしぶしぶ向かったところ、人魚の少女・ルーと出会う。音楽が大好きで楽しそうに歌い踊るルーと一緒に過ごすうちに、カイは少しずつ周囲に心を開き始める。だがルーを町興しに利用しようとする大人や、人魚は災いをもたらすと信じる人々によって不穏な動きが起こり、ルーとルーを守ろうとするカイは大事件に巻き込まれていく…。

孤独な少年が人魚と出会い自我に目覚めて成長していく様を独特のテイストで描くアニメーション「夜明け告げるルーのうた」。湯浅政明監督は、「夜は短し歩けよ乙女」が公開されたばかりなのに、もう次の作品が見られるのか?!とファンを驚かせてくれた。だが真の驚きは、その内容である。湯浅作品の持ち味は、見る人を選ぶ、いい意味でのブッ飛んだ作風だ。そんな異能の映像作家の新作が、内向的な少年の成長物語というテッパンの青春ファンタジーで“万人に優しい”作品に仕上がっていることにビックリした。湯浅アニメを偏愛し、その独創性を大切に思ってきたコアなファンにとっては、このオーソドックスが何とも物足りなく感じるはず。何を隠そう、私も最初はそんな思いをいだいたのだが、落ち着いて考えると本作は湯浅監督の長編映画として初の劇場オリジナル作品だ。より多くの人にアニメーションの楽しさをストレートに感じてほしいという強い思いがあふれている。天真爛漫な人魚のルーというキャラや、人間社会との溝によって起こる大騒動という展開に、ジブリ作品を連想する人も多いだろう。そんな類似性は承知の上で、他者との違いを受け入れ、自分が心から好きなものを好きという勇気や、自分で未来を決める決断を、前向きに描くストーリーは、素直に好ましいと感じるものだった。

無論、ポップでシュールな絵柄やカラフルな色彩は健在で、音楽やダンスでストーリーそのもののテンションをグッと上げる演出は、心憎いほどハマッている。国内外での高評価と受賞歴、尖がった作風、時に難解なストーリーなどで、湯浅作品のハードルを無意識に上げてしまっていた。人魚のルーと少年カイを結び付ける名曲「歌うたいのバラッド」でも“唄うことは難しいことじゃない”と言っている。映画を難しく見る必要など、ないのだ。ボーイ・ミーツ・マーメイドの本作は、鬼才・湯浅政明の新境地に見えて、原点なのかもしれない。
【70点】
(原題「夜明け告げるルーのうた」)
(日本/湯浅政明監督/(声)谷花音、下田翔大、篠原信一、他)
(成長物語度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年5月21日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式YouTubeから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。