安倍政権はそんなに強いのか:『自民党』

池田 信夫
自民党―「一強」の実像 (中公新書)
中北 浩爾
中央公論新社
★★★☆☆


加計学園の話で朝日新聞は安倍「一強」神話を振りまいているが、議院内閣制は(大統領制のような二元代表ではなく)一元代表システムなので、首相に権限が集中するのは当然だ。1990年代以降、日本政治の混乱した「多元代表システム」を改革する試みが行われ、ようやくそれが実現し始めたのだ。

政治的意思決定の「集権化」の第1歩は小泉内閣だったが、その後の民主党政権で挫折した。第2次安倍内閣はその改革を再開し、やっと一歩前進したという段階だ。権限が従来より内閣に集中したことは事実だが、むしろ問題は、本当に政権が強くなったのかということだ。

議院内閣制の機能を阻害している第1の壁は、各官庁がバラバラに意思決定して「合議」で一致しないと何も決まらない官僚内閣制だが、これは内閣人事局で大きな前進があった。加計学園騒動に火をつけた文科省の前川元次官がいうように、「文科省は政権中枢に逆らえない」。これは憲法の想定している意思決定である。

第2の壁は、事前審査制である。これは政調会の部会と審査会と総務会という3層構造で法案を事前審査し、閣議決定の前に与党が拒否権を発動するしくみで、基本的に全員一致なので、与党の全国会議員が拒否権をもつ。

そして第3の壁は、強すぎるガラパゴス国会である。ここでも議院運営委員会による議事日程の決定は全員一致なので、衆参両院で全会派が一致しないと「強行採決」になる。これを解決するには、最低でも衆議院の優越を明確にする必要がある。

このうち安倍内閣は官僚内閣制の弊害をいくらか改め、各官庁は内閣の決定に従うという当たり前のルールが浸透し始めたが、事前審査制は温存している。これが事前審査を飛び越して郵政民営化法案を国会に提出した小泉内閣との最大の違いだ。そして安倍首相の憲法改正案では、二院制には何もふれていない。

このように与野党も衆参両院も拒否権をもつ全員代表システムの3つの壁のうち、安倍政権が部分的に改革したのは第1の壁だけで、残る2つの壁は手もつけていない。したがって本書は、自民党が圧倒的多数で野党が弱体な現状は「自民一強」ではあっても、安倍政権の基盤は盤石とはいえないという。

ここまでの現状認識はおおむね同感だが、最後に自民党の(2012年の)憲法改正案を根拠にして安倍政権の「右傾化」を警告するのは的外れで、その予想は「安倍改正案」ではずれてしまった。著者は立憲デモクラシーの会の呼びかけ人だが、そういう平和ボケから脱却しないと自民党は理解できないだろう。